秋の空
そっと伸ばした腕が
秋空を通り抜けた気がして。
隣に感じる小さな寝息が愛しくて、寝返りを打てばその愛らしい寝顔をじっと見つめた。寝息に合わせて震える睫毛に、ふんわりと桃色の頬。甘い吐息を繰り返し漏らす、その唇を欲して。
甲板の隅で、世界に隠れてキスをした。
耳に響くのは波の音と、恋人の寝言だけ。
子守唄代わりのそれに、いつもならすぐに寝てしまうのに。今日はなんだかそんな気になれなくて。
澄んだ秋空に浮かぶ高い雲に乗りたい、なんて。アイツらしい発想。伸ばした腕が雲を突き破って返ってくるのを何度繰り返しても、ルフィの瞳はただ大きな積乱雲を見上げていて。夏に置いていかれたらしい入道雲が俺達を見下ろして、ふにゃりと笑えば、また細く柔らかな腕が雲を掴もうと伸びた。
「あの、でっかい雲に乗ってな、世界を見るんだっ!」
バタンと甲板に仰向けになって、疲れたように胸を上下させたルフィが呟いて。
「ゾロも一緒に乗ってさ、世界は広いなーって言うんだ。」
もう、セリフまで決まってんのか?と笑えば、当然だという風に 丸い瞳がおれを映して
「その後、な…」
少しだけ小さくなった澄んだ声が
「おれに出会えてよかったって、ちゅうするんだっ」
秋風に乗ってふわりと舞った。
跪いて、抱き締めて
「それ、今、していいか?」
と相手の首筋に鼻を擦れば、予想通りの
「だめだぞっ」
という答え。そのわりに優しく撫でてくる手のひらが、温かくて。嗚呼、愛しい、なんて従順な心が呟いた。
「キスは雲に乗ってからっ」
不可能な約束にゆびきりをして、瞳を瞑る。
暫くして、聞こえてきた一定のリズムの呼吸に、トクトクと床を伝って響く心音。
「誰にも、見られなきゃ、いいだろ?」
そう誰に言い訳するでもなく呟けば、
寝息を塞き止めるように、唇を重ねた。
空に懸命に腕を伸ばして、
届くはずのない雲を掴むために手を開く。
馬鹿だと笑われようと構わない。
両手を伸ばして、
「秋の空は、高いな。」
なんて囁いた。
その呟きを聞いてか知らずか
入道雲を押し退けて
細かな鰯雲が、
嗚呼、秋風に冷えるこの手で
貴方に触れたい。
そう、ふわりと呟いた。
2012/10/16
/あの透き通る蒼が欲しいと、秋の空を見上げて、絵の具を掻き混ぜた。
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