Beast



大掃除*

(ウソップ視点/新婚さんZL←S)




あぁ…
ただの昔話なのに…

どうしてオレまで
こんな気持ちになるんだろうか……




オレとサンジが、ゾロ宅に呼ばれたのは、遅いクリスマスパーティーでも忘年会でもなく…大掃除の手伝いだった。


玄関のチャイムを押せば、
「早くこいっ!」
と理不尽にも不機嫌そうなゾロの声が聞こえ、腹を立て帰ろうとするサンジの背を押して、オレは、まだ新しく綺麗な玄関へと足を踏み入れる……はずだった。

「いらっしゃ…あわっ」
沢山の荷物が乗ったソファの向こうから、ルフィの声が聞こえたが、どうやら季節はずれの"怪人・扇風機ング"に攻撃されたらしい。

「大丈夫か?ルフィっ!」
と叫ぶオレを置いて、身軽なサンジはヒョイヒョイと荷物をよけてルフィの元へと駆けつける。
「よしよし、痛くねぇか?」
とルフィを抱き上げるサンジは、まるで女性相手のようにルフィに優しい。正直、贔屓だとオレは思うが、口に出しては決して言わない…というか、言えないわけだが…。

「あれ?ナミ…は?」
と、サンジの腕の中で、おでこを擦りながらオレに視線を向けるルフィを見れば、何となくサンジの対応もわかるような気がして…

「あ、あぁ…ナミは仕事が入ったから、オレが代わりに着てやったぜ。頼もしいだろっ?」
とオレは親指を立ててニッと笑ってみせる。

クスクスと笑うルフィは昔よりもやっぱりどこか可愛く思えて……あぁ、恋ってすげぇな…なんて、純粋に思った。


「おいッ!クソコック、何してやがる!」
とルフィを抱いたサンジを見、足元の荷物などお構いなしに、ゾロが凄い形相で、こちらに向かって来れば、サンジはここぞとばかりにルフィの髪を優しく撫でながら
「今日は残念ながらナミさんがいないんで、仕方なく代わりにルフィを抱いてやってんだよ、マリモ君。」
と、ルフィを抱いていた腕に力を込めれば、ゾロの前に指を突き出し
「それに、可愛い恋人に怪我させてちゃあ、旦那失格だな。」
とヤレヤレと溜め息をついてみせる。

内心オレは冷や汗をかいて、「ゾロをそれ以上怒らせてどうすんだっ!」と心の中で呟いた。……勿論、このオレ様に口に出す勇気はないのだが。


ところが、怒るはずのゾロは血相を変えルフィを見つめ
「怪我したのか?どこだ?痛くねぇか?」
と心配げに尋ね、遂にはルフィをサンジから奪い取り、抱き締めれば
「危ねぇから、今年の大掃除はやめにしようか?」
なんて言い出す始末。

あぁ、本当にルフィは愛されてんだな…なんて確認している場合じゃなく……

「大丈夫、扇風機が落ちてきて驚いただけだから。」
とルフィはゾロの額に優しく口づけ、恥ずかしげに小さく微笑んで見せた。
その笑顔を見て、横から小さな舌打ちが聞こえた気がしたが、利口なオレは聞かなかったことにする。


何だかんだ、揉めはしたが家の中の収納がわかるのは、ゾロとルフィなわけで……手際のよいゾロに一番散らかっている寝室を任せ、オレ達はルフィを筆頭にリビングの片付けをすることになったのだ。

「で、どうすれば年末の大掃除が、こんなハリケーンの跡地みたいになるんだよ?」
と沢山のアルバムを積み上げながら尋ねてみれば、ルフィがニコニコと笑って
「それが、徹底的に綺麗にしようと思って、棚の中、全部空っぽにしたら、直せなくなっちゃって…」
とオレが積み上げたアルバムを見事に崩す。

あぁ……なるほど。ゾロが助けを呼ぶはずだ。
まぁ「片づけなくてもいいが、散らかすな」……つまりは「ルフィの遊び相手をしておいてくれ」とでもいったところだ。

そうとなりゃ、そんなことはオレにとっては朝飯前なわけで…
「ほらほら、見てみろよ…ルフィ。」
と手元にあったゾロの卒業アルバムを、ルフィに手渡せば
「若かれし頃のゾロでも見て、ちょっと休憩でもしようぜ?」
なんて、表紙をゆっくり開いてやる。


そういや昔からゾロは、あのしかめっ面だったな、なんて卒業写真を見つめ、記憶を手繰り寄せる。
オレとルフィの出会いも、サンジとゾロの出会いも……勿論、ルフィとゾロの出逢いも…全てあの校舎から始まったんだった。
先輩後輩関係なく、呼び捨て合えるのも、あの一年があったからなんだ。
そう考えれば、卒業アルバムもあながち、「ただの」アルバムではなくなるというもので…

「懐かしいな、まだお前等が"サンジ先輩"って呼んでた頃だな。」
と躊躇いもなく、ルフィの肩を抱き寄せ微笑んだサンジが、そっとアルバムのある写真を指差して…
「ほら、これ…あのマリモが懸命にクッキー焼いてるとこだ。あの時、調理実習のグループ、一緒に組まされて大変だったんだぜ。」
と写真の中で、エプロン姿に泡立て器を持って微笑む、あの頃のように、サンジは子供のように笑った。

「後はな……」
と流れ出る思い出を話すサンジの腕の中、ルフィは少し悲しそうな顔をしていて…

オレはルフィの揺れる瞳を…どこか寂しげな表情を…ふるふると震え続ける睫を見つめることしか出来なくなった。


それでもサンジはひとつひとつの写真を丁寧にルフィに説明している。
一応、気は使っているようで、どの写真もきちんとゾロ中心に話を進めているようで、オレは心配ながらも内心ホッとした。


ところが……


「で、これが最後の文化祭の写真。」
とサンジが指した、クラス写真を見た途端、ルフィの瞳からホロホロと大粒の涙が溢れた。

サンジよりも早く事実に気付いたオレが、と優しく背中を撫でて宥めてやっても、驚いたような顔をしたサンジが何度涙を拭いてやっても、理由を聞いても、ルフィは数十分の間、泣くだけで何も答えてはくれなかった。



ルフィが泣き止んだのは暫く時間が経ってからで、ゾロがルフィを抱き上げ宥めた後だった。
サンジが入れてくれた、甘いホットミルクを持ち、小さく「ゴメン」と呟くルフィの髪を優しくといてやれば、甘ったるい温かな声が耳元で響いた。

「サンジには、言わないで…」
なんていう、意味深な言葉から始まる内緒話は、ルフィの泣いた理由で……それはそれは可愛いものだった。



「今日は悪いが帰ってくれ。今度、詫びに何かするから…」
と頭を下げるゾロを見て、オレ達は結局、ロクな手伝いもせずに帰宅することになった。
オレもサンジも、気を悪くはしていなかったし、泣いた理由を知らないサンジに至っては、体調が悪いのではないか、とルフィの涙を拭いてやりながら、かなり心配しているようだった。


「「あのさ…」」
帰り道、2人の声が偶然被って、オレ達は気まずけにお互いの顔を見た。

「お先にどうぞ。」
と苦笑しながら、相手に譲れば、少し困ったように視線を泳がせ、サンジは
「ルフィが泣いた理由を教えて欲しい。」
と真剣な顔でオレをジッと見た。
「ルフィが別れ際に言ってたアレ、理由だろ?…今日泣いてた。」

鋭いなー、と思いながら、冷たい風にポケットに手を突っ込めば、朝から入れっぱなしのカイロが指先に当たって、オレはそれをギュッと握った。
「オレも今、それを言うつもりだったんだ。………それがな」




ゾロはルフィ好きで堪らない。
そんなこと、馬鹿でもわかるというのに、まだまだルフィには足りないらしい。


アルバムのどのページを見ても、当然のことながら、"ルフィとゾロ"の写真はない。
そのくせ、嫌味とばかりに悪友であるサンジとの写真が沢山沢山そこにはあって……

一緒に演劇を見て、屋台を回って、店番中の自分に会いに来てくれた、大好きな大好きな恋人のアルバムには、大切な「2人の記憶」は綴じられていなくて…


駄目だとわかっていても、サンジが羨ましくて涙が出て、駄目だとわかっていても、嫉妬で胸がいっぱいになった。




「…だそうだ。全く、ルフィらしくて笑えるよ。これじゃあ、中途半端に手伝わされて帰らされても怒る気にならねぇよな?」
と笑ったオレに、サンジは「具合が悪かった訳じゃねぇのか」とホッとしたように胸を撫で下ろし…そして、ゆっくりと話し始めた。

「実はな…ゾロも、ルフィの為に留年しよう、なんて考えてた時期があったんだぜ?」
とサンジがふと思い出したように煙草に火をつけ、
「ただな、馬鹿は馬鹿なりに考えて、出世の道を取ったんだよな…」
紫煙を吐きだし、寒空を見上げるサンジの表情はどこか寂しげで……

そういや、ゾロの成績は学校のトップクラスだったな、なんて思い出して……成績優秀な割に進学を選ばなかった、あの妙に大きかった背中がオレの脳に浮かんだ。

「悪友として、大学に行くようにって何度言ったって、アイツは聞きゃしなかったし、早くルフィを養えるくらいに稼げるようにならなきゃいけないなんて、新入りのくせに大きな仕事を抱えてるアイツは、俺からすりゃ馬鹿でしかなかったんだ。……でも」

そっと歩を止め、立ち止まれば空の向こうに、どこからやってきたのか、真っ赤な風船が風に飛ばされて、オレ達を見下ろしていて……

「遠いな……そう、思ったんだ。」

サンジの声が幾分低くて、オレも小さく息を吐いて、空を見上げた。

「あんな奴、好きでもねぇし、別に仲良く遊ぶような相手でもねぇけど……ただ、愛のままに生きて、好きな奴のために一生懸命になれる、そんなアイツが……隣にいて、羨ましかったんだろうな…。」


サンジの綺麗な長い指が空に伸びて……

「勝てると思った。でも、届きそうで、届かねぇんだよな……。」

細い指がスッと宙を描いて、真っ赤な風船は哀しげに、風に流されて彼方へと消えていった。


「アイツは悪友としてはいいが、恋敵としては最悪だな……」

乾いた笑いを洩らす、サンジの瞳に微かにルフィの面影が見えて……


なるほどな、なんてオレはバレないように静かに苦笑して…

「じゃあ、今日はオレんちでナミでも呼んで、忘年会しようぜ!」
とサンジの腕を引けば、寒い河原を走り出す。

さっさとしないと、追い付けないから。
早く走らなければ…幸せは待ってはくれないのだから。








散らかった部屋の中
抱き締められて泣くルフィに
それを宥めキスするゾロ

冷たい冬の風の中
静かに過去を求めるサンジに
それに耳を貸すオレ


あぁ…今年が終わる……










/大掃除をして出てきたのは、不幸?それとも幸福?
09/12/30




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