秘密のお散歩*
(保育士ゾロ×園児ルフィ)
「ゾロぉ…」
エプロンの裾がちょんちょんと引かれ、背中から愛らしい声が聞こえる。
何度教えても「せんせい」とは呼ばず、休み時間になれば、必ず背中に抱きついてくる、小さな可愛い……
その子は……
「どうしたんだ?ルフィ…?」
ゾロは鉛筆を机へと置き、そっと振り返ると、ふんわりと膨らんだ頬を撫でてやる。
「お昼寝は?」
他の園児はみんな夢の中…。
起きているのは、きっと、目の前の可愛い可愛いワガママっこだけ。
「やだもんっ」
さくらんぼ色をした唇は不機嫌そうにムッと尖り、いつもの子供らしい声は拗ねたように高く跳ねる。
「でも、夕方眠くなるぞ?」
とふわふわと揺れる黒髪を優しくといてやれば………
愛らしい、いつもの顔をくしゃりと崩して、ルフィが大きな欠伸をひとつ。
「ほら、やっぱり眠いんだろ?…部屋戻って寝ような?」
軽い体をそっと抱き上げて、夢見る子供達の元へと足を運ぶ。
「やだぁ…眠くないもんっ…ゾロと遊ぶんだもんっ」
小さな足がパタパタと揺れて、小さな手のひらが、ゾロの頬をぎゅうぎゅう押して…
小さな布団に着くと、ルフィを優しく降ろしてやる。
「ルフィ…お昼寝しような?」
そっと毛布を引き寄せれば…
「や、だぁ…」
とルフィの腕がゾロへと伸びて…
「やだ、やだぁっ……」
ゾロの胸元をきゅっと掴んで、ホロホロと大粒の涙がルフィの頬を伝う。
いつもは元気なルフィなのに、今日は何だか、様子が違って…
「怖い夢、見たのか?」
とそっと抱き締めてやる。
「ちが、うもんっ…ルひぃに、こわいの、なんてっ…ない、もんっ」
強がっていても、小さな肩は少し震え、ゾロにしがみつく手にも、力が入る。
図星だな…とゾロは、困ったように微笑んで、ルフィをもう一度抱き上げる。
「ルフィ…。今日だけ、特別に秘密のお散歩しようか?」
「お、さん、ぽ…?」
泣いていたルフィも、ゾロの言葉にキョトンとし、涙の溜まった大きな瞳でゾロを見つめる。
「うん、ふたりだけの秘密、な?」
まあるい後頭部を優しく撫でてやる。
「ひ、みつ…?」
と小さな声が愛らしく返ってきて…
「えん、ちょ…せんせい、にも?」
不思議そうに見上げてくる瞳が、笑ってしまうほど可愛くて…
「うん、園長先生にも秘密…。」
にっこりと微笑んで、柔らかな唇をそっと撫でる。
「ルフィは、約束守れるかな?」
「できるもんっ…」
小さな声がゾロの首元で響いて…
「ルひぃ、えらいこだから、やくそく、まもれるもんっ…」
すりすりと首筋に当たる頬は少し濡れていて、それでも、温かくて、柔らかだった…
キリンさんの滑り台をぐるりと回って、3つ並んだ小さな鉄棒を抜けて…
タイヤでできたブランコに、ルフィを抱いて腰掛ける。
「あとねっ、あとねっ、あそこで、おっきなおやま、つくってぇ…」
ルフィは、午前中に遊んだことをゾロに一生懸命説明し始めて…
ゾロも、うんうん、とそんなルフィの頭を撫でてやる。
ルフィの瞳がキラキラ輝いて…
「あとねっ、あとねっ……」
後から後から、舌足らずな言葉は溢れて、ふんわりと膨らんだ可愛い指先は、あちらこちらと、色々な方向を指さして…
裏の畑を通って、部屋に戻る頃には、ルフィの瞼はうつらうつらと揺れていて…
そっと布団に寝かせて、暖かな毛布をかけてやる。
長い睫を静かに閉じるルフィに、静かに「おやすみ」と呟いて、さらさらと揺れる前髪をといてやる。
と途端に…
ん〜、と小さな唸り声を洩らし、小さな眉間に皺が寄る。
閉じていたはずの瞳が、パッチリと開き、ゾロを映して……
「こわい、の…やだぁ…」
ルフィの拳がゾロのエプロンを握り、黒い瞳にはみるみる涙が溜まり始める。
「こわい、の、やぁ…」
普段には聞くことのない、弱々しい、ルフィの怯えた声。
驚いたようにゾロがルフィを見つめ、
そして………
ゾロの体が、ルフィの隣に寝転んで…
「ゾ、ロ?」
「俺も寝ようかな?」
とルフィをそっと抱き寄せる。
ホロホロと涙の溢れる瞳を見つめて…
「ルフィのお布団、分けてくれる?」
と優しく尋ねる。
「怖いのは、俺が倒してやるからな…」
優しく囁いて、頬を伝う涙を指で掬ってやる。
「ゾ、ロ…がぁ?」
小さな可愛い声が囁いて……
「まもって、くれ、る?」
ぎゅっと、ふっくらとした腕がゾロへと掴まって……
「ゾロ、だいすきっ」
書類なんて、机の上に放り出して…
ただ、胸の中の君のために……
いい夢を…
と甘く甘く囁いて……
/ねぇ、まだ覚えているわ。秘密のお散歩道。ねぇ、また貴方と歩きたい……
09/02/28
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