Beast



記念日*


ことことこと…
ぐつぐつぐつ…


「ゾロ、早く帰ってこないかなぁ〜」
キッチンでお鍋をくるくるかき混ぜ、ルフィが呟く。


久しぶりにキッチンに立ってはみたものの、お料理は大の苦手。それでも、お嫁さんとして、ダーリンにはおいしい手料理を食べて欲しいものなのだ。

今日こそは!と腕を捲ってレースのエプロンを後ろで蝶々結び。実は縦結びになっているのだけれど、本人は気づいているはずもなく
「何を作ろっかな〜」
なんて、戸棚をがさごそ。
目の前にあった新しいお鍋を引っ張ると、にっこり笑い、ついでにお玉を探し出す。

やっとのことで見つけだしたお玉も、もちろんピカピカ。ルフィの可愛い笑顔がヘニャンと歪んで映っている。

冷蔵庫を開いて、ジャガイモとお肉を出す。
「こんにゃくもあったかな?」
とその横にこんにゃくも並べる。
「これでよしっ!」
とにっこり笑う。




ジャガイモを持つ片手をじっと見る。そして…
「いてっ」
とルフィは左手の中指をくわえ、顔を歪める。今日、6枚目のバンソウコウ。
ジャガイモはごつごつして頑固で、なかなか上手に剥かせてくれない。皮むき器で剥こうにも、表面を滑ってルフィの切り傷を増やすだけ。それでも、
「ゾロのためなら痛くないっ。」
と自分自身に暗示をかけ、ひたすら皮を剥いていく。


一通り下準備が終わった机を見渡して、ルフィはふぅーと深く息を吐く。
料理はこれから。
小さく切られたデコボコポテトに、形がおかしいこんにゃく。お肉はなんだかナヨナヨしていて。
それでも料理はこれからだから。


お鍋に材料を入れてコンロにかける。
お肉が鍋底にひっつき、焦げ臭い。
「お水が足んないのかなぁ?」
と目の前にあった計量カップにお水をいれて、お鍋に移す。
「もっとかな?」
とたくさん注ぎ足す。

お鍋の中はまるで海。ジャガイモやこんにゃく、お肉が泳いでいる。

ルフィはうんうん頷くと
「こんな感じ。」
と満足げ。


と、急に思い出したように時計に目をやる。只今、5時15分。ゾロがお仕事から帰ってくるのが、6時ごろだから、もうそろそろお風呂の準備をしておかなくっちゃいけないのだ。


お鍋を置いてトタトタ浴室へ走る。
蛇口を捻ってお湯をはる。
真っ白なバスタブは、まるで雪のようで。

ルフィは雪が好きだ。もちろん、ゾロには適わないけれど、好きなのだ。だから選んだ、真っ白なバスタブ。

バスタブの淵を撫でて、微笑む。
「ゾロ、お風呂好きだもんな…」

嬉しそうな彼の顔を思い浮かべ、パタンと浴槽にフタをし、ニコニコと浴室を後にする。


そんなルフィを待ちかまえていたのは、お鍋に浮かぶ大量の灰汁。白くてふわふわ浮かぶそれに、ルフィは慌てる。
「ど、どうしよう…」
と、お湯をお玉ですくって捨て始める。

灰汁が完全になくなるまでお湯を捨てると、お鍋の中の水量は半分ほどになっていて
「減っちゃった…」
とルフィはお鍋を見、ため息をつく。

それでも、ただゾロに喜んで欲しいと元気を出して、味付けを始める。
お醤油をトポトポとお鍋に注ぎ、お砂糖もいれる。みりんとお酢をじっと見比べて
「酸っぱくないから、こっち。」
とみりんも加える。

「こんな感じかな?」
とお玉でお鍋をくるくるかき混ぜる。




「ゾロ、まだかなぁ〜?」
くるくるかき混ぜるたび、ジャガイモが小さくなる。

「ちょっと待って…な?」
とルフィはジャガイモにお願い。

「ゾロが帰るまで…」
それでも少しジャガイモは小さくなる。




とんとんとん…
たんたんたん…


「あいつ、待ちくたびれてるだろうな…」
階段をリズム正しく上がる音。
只今6時25分。急いで帰って来たのだが、電車の遅れで普段より遅い帰宅。

愛しいお嫁さんの顔を思い浮かべ、少し急ぎ足で歩を進める。


「ただいま…」
とドアを開き、玄関へ入る。靴箱の上の小さなスペースに飾られた写真立てに目をやり、ふっと微笑む。

「今日でやっと1ヶ月…か。」

写真立ての中から笑顔を向けるルフィは、それはそれは可愛くて。雪のように柔らかなウェディングドレスの中からゾロを見つめる。その隣では、ゾロも笑っていて…


カチッという軽い音に、パタンと何かにフタをする音が聞こえ、少し遅れ、バタバタとスリッパでかける音が聞こえる。

「ゾロ〜、おかえり〜!」
と飛びついてくるルフィを抱きしめ、もう一度
「ただいま、ルフィ。」


そして、甘いキス。


そっと唇を離しルフィを見る。今日のルフィはいつもと違う、ふわふわ揺れるレースのエプロン。
……レースのエプロン?
「ルフィ…これ、なに?」
エプロンの裾を摘んで尋ねる。
「え?…えっと…これは…。だって…」
ルフィは焦ったように口をまごまごさせる。
「駄目だって言っただろ?危ないから。」
ゾロは諭すようにルフィを見つめる。


新婚さん1日目。気合いを入れてお料理しようとしたルフィは、お湯の入った大きなお鍋をひっくり返し、火傷してしまったのだ。幸い大事には至らなかったが、それからルフィはお料理禁止。


「なぁ…ルフィ?」
ゾロがルフィの名を呼ぶ。
「だって、」
ルフィのバンソウコウだらけの手はエプロンをぎゅっと握り
「だって、今日は…」
ゾロを見上げる瞳は涙でいっぱいで
「今日で1ヶ月なんだぞっ!」
キッと見つめる目からホロリと涙が落ちる。
「今日、ぐらい、お嫁さんみたいに…お嫁さんみたいにっ」


ぎゅっと抱きしめた。
「ずっとお嫁さん…だろ?お前は俺の。」
愛おしすぎて、可愛すぎて。

「うん…」
ルフィもゾロの胸に顔を埋める。
「だめだめだけど…ゾロのお嫁さん。」


しばらく抱きしめて、耳元で問う。
「何、作ってくれたの?」
優しく、ルフィの頭を撫でてやる。
ルフィはちいさなちいさな声で
「肉じゃが…。」
とゾロの胸に押しつけていた顔を上げ、ゾロを見つめる。
「でも、あんま美味しそうじゃないの。」
とまたエプロンの裾を握る。
ゾロはルフィの手を見、困ったように微笑む。
「がんばってくれたんだな。…手、痛くねぇ?」
エプロンを握るバンソウコウだらけの手。そっとエプロンから離し撫でてやる。
「ちょっと痛いけど、大丈夫。」
可愛い可愛い奥さんはにっこりと笑うとまた顔を埋めてくる。


「なぁルフィ、ご飯にしよっか?」
帰ってきてからずっと玄関。
「うん。」
普段は先に「お風呂」な、ゾロも今日は「ご飯」。


キッチンにつくと2人で一緒にお鍋の前。
ゾロが見つめる前でルフィがお鍋のフタを持ち、小さな声で呟く。
「あんま上手じゃないけど…」
と開いたお鍋の中は、ブラウンの海に、角の取れたポテトと硬くなったお肉、そこらじゅうに転がるこんにゃく達。
それでも、ゾロはルフィの頭をくしゃりと撫で
「がんばったな、ルフィ。後は任せとけ、な?」
と優しく微笑む。

そして、いつものエプロン姿に…。


「今日はなに?」
とルフィはゾロの腰へ手を回すとぎゅっと抱きつく。
「今日はご馳走だぞ。」
とゾロはワイシャツの袖を捲ると水道でバシャバシャ手を洗う。
「でも…」
と蛇口をひねり、水を止めると、自分の背中にあるルフィの顔を見、小さく微笑み…

「メインは肉じゃがだけどな。」


ルフィの顔がぱっと明るくなる。
「ゾロ大好きだっ!」
と背中に顔をうずめると
「すきだ、すきだ、だぁいすきだっ!」
ゾロの背中に頬ずりする。
「俺も好きだぞ。ルフィ、愛してる。…でも」
腰に回されたルフィの腕をゾロがそっと離す。
「肉じゃが、疲れただろ?ちょっと休んどけ。」
とキッチンまで椅子を運び込み、ルフィに勧める。
しかしルフィは
「もっと、ひっついときたいっ」
と少し悲しそうな顔をする。

そんなルフィを見
「次は俺が美味いもん作る番だろ?」
とゾロは優しくルフィの頬を撫でる。
そして、
「作り終わったらいっぱいキスしてやんから。」
とルフィの可愛い鼻にちゅと口づける。

ルフィは嬉しそうに微笑むと
「うん、じゃあ待っとくっ」
と頷き椅子へちょこんと座る。
「応援してるから早くなっ!」


ゾロがディナーを作っている間、ルフィは一生懸命、今日の出来事を話す。
頑固なジャガイモの皮むきは難しかった、とか、始めはジャガイモもこんにゃくもお肉も泳いでいてお鍋の中が海みたいだった、とか、お風呂の準備をしたらお鍋に白いふわふわのお化けが出てびっくりした、とか…。

「あとな…」
とルフィの声がいきなり小さくなる。
「あとな…」
ゾロもふと手を止め、ルフィを見る。
「肉じゃがってお嫁さんの味、だろ?」
ルフィの顔が真っ赤に染まる。
「だから…」
「だから?」
ゾロはふっと笑い、料理の最後の仕上げにかかる。

「だから、ゾロに食べて欲しかったんだっ」

ルフィは真っ赤な顔でゾロを見上げる。

「俺も早く食いてぇな、ルフィの肉じゃが。」
と、そこにはルフィ特製の肉じゃがが盛られた器を持ち、ルフィを見つめるゾロがいて…

「食べねぇの?」
なんて意地悪く笑って、また鼻にキス。

「食べるぞっ!」
とルフィも慌てて立ち上がる。




テーブルの上にはゾロ特製のサラダとスープ、それに熱々のハンバーグが乗っていて。最後に2人の間にルフィの肉じゃがが置かれる。

2人で仲良く「いただきます」をして…

「ルフィ、食べてもいい?」
とゾロが肉じゃがに箸をのばす。
「ちょ、ちょっと待って。」
とルフィはジャガイモを掴むとゾロの口元へ、そして…
「あ〜ん…」

「お、あーん。」
開いた口に入ってきたジャガイモは、外はドロドロ、中は生。
それでも確かに愛の味がして…

「美味しいぞ、ルフィ。」
ありがとう、と目の前の愛する人に伝える。
「うん…」

恥ずかしそうに微笑むとルフィも肉じゃがに箸をのばす。
パクリと口に入れ、モグモグ咀嚼する。
そして…

しかめっ面を作るルフィ。


「ゾロの嘘つきっ」
と唇を尖らせる。

「美味しくないっ」
むっとした顔をする。

「嘘なんてついてない。」
とゾロはまた肉じゃがに箸をのばす。

「やだっ」
ルフィは肉じゃがのお皿をぱっと取り上げる。

「おれは、もっと美味しい肉じゃがを、ゾロに食べて欲しかったんだっ」

とまた瞳に涙を溜める。

「もっと上手に、美味しく、作るつもりだったんだ!」

ポロッと零れる涙は器の中にも数滴落ちて…

「ゾロに、よろこんで、ほしかったんだっ」



愛する人に最高の料理を食べて欲しかった…

もっともっと美味しいはずだったのに……

視界が歪んでよく見えない。

ゾロ…怒ってる…?




気付くとゾロはルフィの隣に立っていて…



ルフィが持つ器を片手で掴み、もう一方の手でルフィの頭を優しく包むと、口付けした。


「もっと上手っ…」

口付け…

「美味しっ…」

また口付け…

「だって…」

口付け…

「ゾロっ…?」

口付け、口付け、口付け…




言わせるもんか。そんな言葉、いらないんだ。お前の愛が美味いんだ、それ以上に何もいらない。




幾分キスし続けただろう。
何回キスし合ったのだろう。

「ルフィ…?」
ゾロが静かにルフィを呼ぶ。
「意地悪っ。」
ルフィは真っ赤な顔でゾロを見上げる。
「あんなにキスされたら、話せない。」
ゾロがルフィの頬撫でる。
「言っただろ、作ったあといっぱいキスしてやるって。」

ルフィは恥ずかしさからゾロの胸をポカポカ叩く。
「ゾロのバカ〜!」


とその腕も掴まれて、無防備な可愛い唇にまたキス。


驚いているルフィに
「まだ、キスしてほしい?」
とゾロがにっと笑って尋ねると、ルフィはふいっと顔をそらす。
そらした顔の先には、いつの間にか取り上げられた肉じゃがあって…


「ゾロ…」
ポツリとルフィがゾロを呼ぶ。
「なに?」
とゾロはルフィの瞳を覗く。

「本当に美味しかったの?」


「美味かった。」


ゾロはルフィをじっと見る。何の揺るぎもない視線。嘘なんてつくはずない。

「ゾロ、ごめっ…」


またキス。
今日のゾロはキスばっかり。




唇をそっと離す。

「ありがとう、ルフィ。愛してる。」
ゾロはルフィをしっかりと抱きしめる。

「ちゃんと愛の味がした…美味かったよ。」
そして優しく頭を撫でてやる。

「美味かった、ありがとう、ルフィ。」




こんなに幸せな記念日があるだろうか…

大好きな人がこれほどまでに愛してくれる…




「ゾロ、好き。」
ルフィが呟く。静かに、甘く。
「ゾロ…好き。」
「うん」
「ゾロ、好き…大好き。」
ルフィもぎゅっとゾロに抱きつく。
ホロリと落ちた涙はさっきの涙とは違っていて…。




何度もキスをねだるルフィに満足するだけ、口付けし、抱きしめたあと、やっとのことで席に着く。




「晩飯再開な?」
とゾロはルフィを膝に乗せ言う。
「うんっ」
ルフィはゾロの胸に頭を預ける。


「ハンバーグ食べたいっ」
とルフィがゾロの服を引っ張る。
「はいはい。」
ゾロはハンバーグを一口大に切るとルフィの口に運ぶ。
「はい、あーん。」
「あ〜んっ」
ハンバーグはルフィのお口に消えていく。
「美味い?」
ゾロはルフィの口元に付いたソースを指でとり、ぺろりとなめて尋ねる。
「うんっ」
キラキラ光る笑顔がやっぱりルフィには似合っていて。
「ルフィ、あんまり泣くなよ?」
なんて言ってみる。
「なんで?」
キョトンとした目で見つめられれば不覚にもドキッとしてしまい
「ずりぃから。」
と少し視線を外してしまう。


「あと、」

「あと?」


ルフィのまん丸な瞳がゾロを見上げる。

「俺はルフィの笑ってる顔が好きだから。」

一瞬目をパチクリさせ、また顔を赤くする。そして…
「じゃあ、ずっと笑っとくっ!」
とにっと笑う。


「だから…」

「だから?」


ゾロはルフィの髪を優しくとき問う。

「今日は一緒にお風呂入って、着替えさせっこして、それから、それから…」


ルフィはだんだん真っ赤になる。

「それからぁ…」




「一緒に寝ような?ルフィ。」




耳元で囁かれれば、顔が、火がついたように熱くなる。


「でもな、ルフィ…それは…」




今日だけじゃない…

これから永遠に、その愛の繰り返し…




いらないってほど、愛してやるよ…










/なぁ次の休みに肉じゃが、一緒につくろっ?じゃあその日は肉じゃが記念日、な。
09/01/03
(ちーろ様「新婚」)


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