Beast



Aの音*

(音大生ゾロ×受験生ルフィ)




どきどき高鳴る鼓動に
冷たくなる指先

そのくせ
頬が真っ赤に火照るのは
緊張ではなく、貴方のせい!





受験会場に漂うのはピリピリした空気。
朝から筆記試験を終えて、後は実技試験を残すのみ。まぁそれが一番緊張するんだけれど。

お気に入りの海色のハンカチを握り締めて、楽譜を見れば、今まで見慣れていたはずの音符達が何故だかふわふわ浮かんで見えて。あぁ、こりゃ駄目だ、と赤い表紙を閉じた。


この大学に入るために半年近く勉強してきたプレリュードとフーガ。やっとの想いで仕上げたそれが今は何だか、形のないものに感じて。
ふう、と深く溜め息をつく。
結局、おれの指じゃ無理なのかな。見つめた先は短く揃えられた爪に丸い指。隣でパラパラと躍らされた細く綺麗な指に比べると、なんとも小さくてピアニストには不似合いで。
試験を受ける前からこんなんじゃ、そう考えたって、せっかく暗譜した音符がふわふわと抜けていく頭では涙を堪えることすら難しくて。


「どうかしたのか?」
耳を掠めた低いラの音。
そっと優しい瞳がおれを見つめて、温かな大きな手のひらがおれの背中を撫でた。
「気分でも悪いのか?」
俯いたまま動かないおれを心配して近付いてきてくれたのは、スーツ姿のどこか厳つい補助の学生。鮮やかな緑の髪に金色のピアスがちらちら輝いた。

「大丈夫です。ちょっと緊張してただけで。」
そう無理矢理笑えば、
「手、触っていいか?」
なんて、いきなり尋ねられて。驚いて、小さく頷けば、温かな手におれの両手が包まれて。


「良い手だ。」


そう囁いた甘い甘い声が、おれの心を震わせた。

「だけど、演奏前にしては指が冷たいな。」
優しく擦られた指先よりも、おれは頭が熱くなって。胸がいっぱいになって。
おれの緊張を取ろうとしてくれているのか、優しいその学生はおれを見て
「待ってるから、お前がここに来るの。だから、頑張れよ?」
なんて言うものだから、おれは堪えていた涙をポタリと楽譜に落としてしまった。


今日、会ったばかりのこの人に、何故だか胸が締め付けられて。今日、話したばかりのこの人の言葉に、おれの心は満たされて。
今日、初めて握られた、温かな手の主に、おれの嫌いなこの指を褒められて。

今まで憧れていた、大きな手。しっかりとした指先。しなやかな手首。その全てを持っているくせに、おれのこの手を「良い手だ。」と撫でてくれる、その人が

おれは、


「すき、です。」


震えた声で呟けば、綺麗なエメラルドの瞳が驚いたように、ふわりと開いて。
次いで、拒絶することなく、微笑んだ。

「じゃあ、」


そう囁いた瞬間に、ポカリと緑の頭が叩かれて、後ろから近付いてきたオレンジ色の髪の学生が、おれの瞳を覗き込んだ。
「なんか、コイツにされた?顔は恐いけど、噛みついたりはしないから。」
差し出されたティッシュに、心配げな瞳は、どうやらおれが緑の先輩に泣かされのだと勘違いしているようで。
抗議の声を上げようと、眉をしかめた緑髪の先輩が何だか格好悪くて、おれはクスリと笑った。

「大丈夫、です。」
涙を拭って、今度は嘘じゃなく本物の笑顔見せれば、
「その方が似合う。」
と、また男らしいあの声に告げられて。
真っ赤になった頬に気がついたのか、橙色の髪をした先輩が綺麗な笑顔を向けて、
「もう、すぐ試験だから、頑張ってね?」
とおれの肩をぽんと叩いた。

「ほら、時間よ。ゾロ。」
そう、呼ばれた先輩が立ち上がって、ふと思い出したように、そっとそっと、おれの耳に唇を近付けて



「俺のことがすきなら、俺の隣でピアノを弾いてくれ。」



そう笑って、パラパラと指を動かして。
ピアノを弾くフリをした。

甘い笑顔にまた心が震えて、

「ゾロ先輩がピアノ上手なら、いいですよ?」
なんて強がって笑ってみせれば、驚いたように瞳をパチクリさせた先輩が、

「なら、入ってみろ。この学校に!」


そう、背を向けて笑った。






顔が赤いのは、緊張なんかより
あの人の笑顔があまりにすきだから。

頭は真っ白にならないのは、
暗譜した楽譜が浮かぶからじゃなくて、
あの人の瞳が染み付いて離れないから。


この指がモノクロの舞台を踊るのは、
試験に受かりたいからではなくて、
この溢れる気持ちを形にしたいから。



隣に座って、交差する腕に、
ふたつの重なる旋律を想って、
吐き出した吐息すら

まるで音楽…!



嗚呼、早く、傍に行きたい!






緑の髪をした柄の悪い先輩が、おれの恋人になるのも、学校一の演奏家だと知るのも、おれが入学してからの話。


「ゾロ!連弾しよう!」
そう、楽譜を差し出せば、ほら、またあの意地悪な笑顔。


「ルフィがピアノ上手なら、いいぞ?」


なんて。
いつまで、受験日の思い出を引っ張る事やら。


「おれの“良い手”がピアノ下手なわけないだろ?」

そう抱き付いて、


ピアノ椅子の上で唇を合わせれば、



意図せず触れた鍵盤が




Aの音を響かせた。









2013/01/24
/最初の音はドではなくて、Aの音。




*


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