again again



愛してる



重い。
その5文字が、とても。


はっと目覚めたそこはきんと冷えた石畳。上下する胸元に、ひやりとする身体は汗だくで。じっとりとした暗い空気。シッケアールではよくある月夜。
夢を見ていたのか、とぼんやり考えれば立ち上がる。限界を過ぎて眠ってしまったらしい身体に、未だ興奮覚めず澄み切った思考。眠ったからといって休まったわけでもなく、鷹の目と共に過ごす毎日は海の上で過ごしたあの時間とは違っていて。だからこそ、気を抜くわけにはいかなくて。
煩い仲間たちの声に、なによりも眩しい船長の笑顔。きっと守りたかったのはそれなのだと気付いた瞬間に見えたのは、傷だらけで荒い息を吐く愛しい人の苦悩の表情。
からんと足先にぶつかった小石の音は乾いていて、金属音にも似た高い音が響く。この島に生息するヒヒたちは、自らが敗者だと認識するようになってからは寝込みを襲うようなことはなくなって。ただ静かに身をひそめ寝息を繰り返す。
年中薄暗い空に、未だ血の跡が残る建物だったらしい崩れた何か。棘だらけの植物に、じとりとした空気。この島は何かにつけて人を不快にさせるものばかりに思える。それでいて、あの船長さえいれば、こんな空気などもろともせずに楽しんでしまうんだろうと考えて、ずきりと痛んだ傷に鷹の目に聞かされた戦場の愛し人の姿が脳裏を掠める。
シャボンディ諸島の混乱の中、逃げ惑う仲間の姿に大きく揺らめくクマの影。あの後どうなったのだろうと考えたくもないことを考えて、あてもなく歩いた先、どよんと濁った島を見下ろす崖の淵に腰を下ろす。投げた足に触れる風は冷たくて、でもそれすら感じられない程に身体が心から遠く思われて。ふうっと深く息を吐く。

煌めく太陽に、パシャリと跳ねる波飛沫。にっと白い歯を見せ笑うあの声は、甘く愛おしげに自分の名を呼ぶ。椰子の木がさわさわと柔らかな風に揺れれば、甘い香りが鼻を擽って。昼寝をしようと微睡んだ思考を悪戯っぽく細まった視線に捕らえられて。
今すぐに聞きたいのに、此処では聞きたくないと拒絶したくなる、蕩けるような夢の言葉。胸奥をかっと熱くするアルコールにも似た、それでいてそんなものより幾倍も強い欲を孕んだ想い。
全てが込められた、あの声が聞こえなくて。ただ。
桃色の唇が、ふわり蠢く。

先程、見た夢を思い出して瞳を開く。苛立ちと焦りと、もしかすれば怒りすら混ぜられた感情が身体を巡り、火照りを感じる。
おれたちの船長は弱くない。それはよく知っている。それでいて、憧れを抱いた誰かを失う辛さを知る幼い自分を思い浮かべれば、兄を目の前で喪ったルフィのことを重ねる。普段なら大丈夫だろうと、簡単に受け流すことができることも、今この時ばかりはもどかしくて堪らなくて。何もない暗い空に腕を伸ばしてゆっくりと虚を抱き締めかけて、手を止める。こんな幻想、あいつに届く筈がないのだと考えて。
刀を握り過ぎて潰れた手のひらのたこを眺めれば、こんなものじゃないんだと拳を握る。全てを壊してしまいたくて、目の前の壁を全て叩き斬って、今すぐにでも抱き締めてやりたい相手がいるのだとわかっているのに。おれの腕では、まだ、届かないんだと思い知らされて。

「いいねえ、世界一の剣豪!」
随分、昔のように思える声が聞こえる。
「海賊王の仲間なら、それくらいなって貰わないと、おれが困る!」
茶化すわけでもなく、大真面目に告げられたあの言葉に笑って返した海賊狩りだった頃の自分はもう居ない。

キラキラと瞬く陽の光に、白い砂浜を撫でる透き通る波。耳に心地よい笑い声に、ほんの少し潮の味がする柔らかな唇。
思い浮かべるだけで、喉奥から溢れ出してしまいそうなその言葉を呑み込んで。息を深く吸い込んで、魔獣の如く、大きく吼えた。



海兵に囲まれて。
嵐に荒い高波の中。
吹き降りの落雷の下。
柔らかな雪を踏みしめ。
カンカン照りの砂漠地で。
ふかりとした雲の上を駆け。
海列車に乗り込み仲間を追い。
暗闇を切り裂く満天の星空の元。

当たり前のように受けてきた、あの言葉は。
今は、聞くのも、呟くことさえ重く感じて。


また夢の中の恋人がぱくぱくと呟く。

あの蕩けるように甘い言葉は、きっと今のおれには勿体無くて。未来のおれが受けるべきもの。今は傷付いた心を抱え走り続けるその人の隣に居るべき自分を目指して。ただ。

渇いた唇を、そっと静かに蠢かした。










2020.09.20(again again)
愛してる」その声が聞こえなくて。





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