slam dunk



ポインセチア


鮮やかな葉に視線をやれば、冷えた空気と対照的にきらきらと瞬く街並みが煩わしくて。
ゆったりと紫煙を吐いた。


どろりと拳を染める真っ赤なそれに、コンクリートに寝そべる名前も知らない屑。
気怠げに上げた視線の先、数人の取り巻きの背中が慌てたように遠ざかるのが見えるも、追いかけるのすら面倒で、ちらりと揺れる髪を振り返る。
薄暗い路地裏には相応しくないほど煌めく真っ直ぐな髪に、中性的にすら見える美しい横顔。出逢った頃と変わらない、どこか哀しげなその視線が下を向けば、この季節によく目にする紅色に顔を寄せるその表情が脳裏に焼き付いて。がっつりと座り込んだその様は上品だとは言えないのに、動作の一つ一つが繊細に思えて。頬に掛かった髪が揺れれば、長い睫毛が細まった瞳にあわせて振れる。
そっと開いた唇から漏れた甘ったるい声は、あの時と変わらず柔らかで。何故か胸を焦がすのだ。


「ねえ、これいる?」
ぽつんと立つ影を無視して自販機に向かえば、掠れた声に幼さを残す丸い瞳。さらりと揺れた髪が白い頬を撫でれば、儚げな表情が自分を映して。
「買ってみたけど、火なくて。」
へらりと笑った口元は投げやりで、そうでなければこうして自分に声を掛ける奴なんていやしないと考えれば、差し出された安い煙草箱を受け取って。
「吸いたくねぇなら買うな。」
そう、ポケットから出した小銭を細い指先に押しつける。
「ほら、さっさと帰れよ。」
張り合いのない相手に面倒くさくなって告げれば、手のひらから零れ落ちた小銭が小さく床で跳ねて。
「お金なんて、いらないから。」
鬱陶しいと思う反面、目の前の小さな存在が何故か特別光って見えて。
「どこか遠くに連れてって。」
心の奥に、つんと刺さった。


拳に当たる骨の感覚に、生温かい血すらどうでもよくて。
「お前等、ヤってんだろ?」
そう笑う白い歯に考える間もなく腕を上げた。
バスケに裏切られ、それでも忘れられないらしい空洞を含んだ瞳を知るのは、きっと自分だけで。だからこそ、相手が望まない限り何もしないと心に誓って。
「鉄男は知らない女とばっか寝るんだな。」
どんな女よりも綺麗な髪で、真っ直ぐな瞳が笑う。その表情すら、きっと本物でないとわかっていて、
「嫉妬か?」
そう返してやる。
無理矢理に奪うことも、殴って黙らせることも、きっと簡単なはずなのに、ほんの時折見せる過去を求めるあの視線が心の奥をじくじく蝕んで。部屋に溢れた紫煙に気づき窓を開ければ、またなんとも言えない気持ちになる。
愛という単純な言葉なんかではなくて、きっと俺だけが知っているこの感情には名前がなくて。

ハロウィン終わりの中途半端なクリスマスムード。店先に飾られた緑と赤のオーナメント。
ふたりで並んで歩くにはそぐわない空気に、目の前に現れた同族らしい顔も知らない数人の影。生憎、狭い路地の中、ただすれ違うだけとはいかなくて。相手の出方を眺めてみれば、
「へえ、綺麗な顔してるから女かと思った。」
ざらざらとした掠れた声に、にやにやとした腹の立つ笑い顔。
「なんだよ、ふたりでこんな路地裏で盛ってんのか?」
さらりと耳に髪を掛けた指先を確認する前に、
「最近、ふたりでうろついてんの気になってたんだよな。ここら辺は俺らの遊び場なんだけどさ。一人じゃ寂しいのかイチャついてるふたりが鼻につくなぁってな。」
取り巻きの品のない笑い声が響けば、身体の芯から脳に向けて鋭い冷たさがキンと走って。
「なあ、お前等、ヤってんだろ?」
形良い顎先に延びた太い指先が目に入ると同時に、鼻先めがけて拳を降ろした。

声が聞こえないほどに何度も殴るも、胸の奥に溜まった鬱憤は晴れることなく。意識の朦朧とした瞳に気付いて手を止める。
とんと軽やかな足音に静かにしゃがみ込んだ優しい横顔をみれば、耳にかけた髪が煌めき落ちる。まるで何も感じていないらしい柔らかな瞳が見えれば、
「教えてやろうか?」
そう甘ったるく囁く声に、心が震える。


触れる事すら躊躇いたくなる、純粋で繊細な人。
犯すことも、満たすことさえ許されない気がして。

「ベッドの上の鉄男のこと。」

ふわり笑った顔があまりに美しくて、どろりと何かが崩れた気がした。


「なんだあれ。」
呆れた声で尋ねてみれば、
「からかっただけだろ。」
またどこか虚ろな瞳が、硝子越しの真っ赤な葉を映した。




愛でもない。恋でもない。
この感情に名前をつけるなら、
それは、きっと、

ポインセチア。








2019.11.14
赤と緑のラインが入ったバスケットシューズは、遠いいつかのクリスマスプレゼント。

ポインセチア花言葉
「聖夜、幸運を祈る、私の心は燃えている」





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