slam dunk



幹と花



甘ったるいその色に、そっと柔らかにキスをした。


まだ冷たい風に少し長い袖をきゅっと握れば、手袋をすべきだったかなんて考えて、ぽすりと恋人の肩に頭を傾ける。
「どうした?」
そう尋ねる目元は優しく細まって、きらきらと瞬く赤い髪を避けて大きな手のひらが肩に触れる。それだけで満足で、だからといって深い瞳はその先を待っているようで。
「寒い。」
ぽそりとほんの少しだけ高く出た声に自分でも可笑しく思いながら唇を尖らせてみれば、寒さに負けずつやりとした甘色のリップが光る。
「どこか寄るか?」
ふわりと香るいつもの彼の匂いに、我儘を包み込むように巻かれた、まだ熱の残ったモカ色のマフラー。
道沿いの店に向けられた視線には、きっと自分が映っていて。それだけで幸せで、胸の奥がじんと熱くなった。
「コーヒーが飲みたいな。」
まるで自分の思い付きに付き合わせているというように呟かれた言葉に、触れた指先に温かい手のひらがぴとりと冷たいそれと重なって。
こてんと傾けられた相手の首元に、髪に埋められた唇が愛おしげに押し付けられる。
「花道。」
小さな声で名前を呼ばれれば、それだけで心臓が飛び出してしまいそうで。ダークチョコレートのような、その声に溶けてしまいそうだと思った。
ふわりと密着した恋人の身体に、甘く深いいつもの香り。むぐむぐと唇を動かしてみれば、揺れた睫毛に吐息が掛かる。
「そういえば、」
そっと囁くように響いた声に視線を合わせれば、ほわりと甘い大好きな笑顔が降ってきて。
キスをしたくて堪らなくなった。


いつも以上に丁寧に馴染ませたトリートメントに、念入りに塗り込んだボディークリーム。ほかほかと赤まった頬を鏡に映せば、ドライヤーを手に携帯画面を眺める。
明日の待ち合わせ時間に次いで送られてきた「迎えに行く」という短いながらも優しい一文。わかったという意味を込めて、キスマークを大袈裟にも5つ送ってみれば、困ったように画面を見つめる恋人が思い浮かんで、クスクスとひとりで笑う。
美術館に行こうという誘いに合わせ選んだ衣服は、落ち着いた明るいブラウンコートに柔らかなくすみピンクの薄手ニット。カフェラテ色の手袋に視線を向けるも、ふと思い付いたようにドライヤーを置いて机に向かう。
「たしか、ここに」
透明なプラスチックケースに並んだ小さな粒揃いのボトルたちを軽く持ち上げて確認すれば、目当ての瞬きにふわりと笑って。
爪先を踊る小さな筆に鼻唄を零した。


「手袋、我慢してくれたんだな。」
繋いだ手を親指で撫でられれば、その仕草すら自分を酔わせてしまうようで。
「花道は優しいから。」
どの口が言うのだと考えながらも、なんでもお見通しらしい歳上の恋人には敵わなくて。
「新しく塗った爪、見せようと思ったんだろ。」
相手の蕩ける声にこくりと頷けば、甘えるように相手の腕に額を寄せる。
「ジイの色、だから。」
短く整えられた指先に乗るのは、温かなココア色。日に焼けた夏に似合う肌に、太陽の光を透かす髪を思わせる愛おしい色。
「似合ってる。」
そう冷たい風にふわりと溶けた言葉に顔をあげれば、マフラーに埋まった顎にそっと指を添えられて。
「その可愛い唇も、桃色のニットも、俺にとっては花道の色だ。」
ほんの少し近付いた顔元にドキドキと鼓動が速まって、震える睫毛に吐息が溢れる。
「花道の色と俺の色、ふたり合わせたら春色だな。」
温かすぎて何処か冬を連想させる甘いチョコレート色に、ふわふわと霞む消え入りそうに淡いピンク。そのふたつが手を取れば、それはまるで春を象徴する桜の木のようで。
「ジイ。」
小さい声で呟いて我慢できないと唇を寄せれば、軽い動作で引かれた顎元。触れるギリギリで逃げられたそれにむうっと眉間に皺を寄せれば、
「名前。」
そう、頬に触れた親指が甘い動作で先を促す。
焦ったくて相手に密着させた桃色の胸元に、柔らかに色付いた淡色の頬。つやりと濡れた唇が小さく動いて。

「紳一の意地悪。」

告げ終わる前に視線に入る、ココア色の髪。チョコレートを溶かしてしまうだろう程に熱い手のひらに導かれれば、ゆっくりとほろ苦い唇が重なった。


「寒くないか?」
気遣うように尋ねる瞳にこくりと頷けば、指を絡めて繋いだ手は、彼のコートのポケットの中。
買ったばかりのホットココアを片手に、そっと睫毛を伏せれば、
「うん。」
艶やかな彼のローファーの傍、

「もう春だから。」

甘く柔らかな桜色の靴下が笑った気がした。









2020.03.18
桜色の貴方と私。





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