slam dunk



桜色メモリー



甘色のタンブラーに、唇についたホイップクリーム。


ふと足を止めた恋人につられ、店先に並んだマグカップに視線を向ける。
淡い色を纏ったその空間は、まだコートを欲するこの時期には少し気が早くて。明るい桃色の花に瞳を細めた。
「買うのか?」
ふわりと開いた澄んだ瞳に映ったその景色は自分で見るより何倍も輝いているようで。それでいて、恥ずかしげに俯いた睫毛に揺れた赤い髪がかかる。
「かわいいなって思っただけ。」
ほんの少し尖らせた唇は艶やかで、いつもより甘い色。
迷うようにちらちらと動く瞳に、きゅっと握りしめた手のひら。わかりやすい可愛い人に、そっと息を吐いて口元を緩めれば、
「なら、俺が買おうかな。」
驚いたように此方を見上げた宝石に、そっと指を伸ばして長く美しい髪を形の良い耳に掛けやれば、白い頬を指の甲でそっと撫でる。
「じゃあ、」
甘い空気を誤魔化そうとほろりと溢れた普段よりも少し高い声。
「この桜木花道が、ジイのを選んでしんぜよう!」
茶化すように告げられた言葉に隠された甘色に染まった耳元が可愛くて、わざとらしく胸を張った恋人にそっと笑ってマグを手にする。
白に柔らかなカラーの花弁が舞うそのカップを持ち上げてみれば、むうと愛らしい眉間に寄った皺に笑ってしまいそうで。そっと細い指先が触れたタンブラーに視線を移す。
「ジイは出掛けること多いんだから、こっちの方がいい。」
柔らかな桃色に淡い花が咲き乱れたそれは、まるで目の前の愛しい人を想わせて。
「それにエコだし。」
ぽそり、小さな声で呟かれた言葉に恋人の優しさが全て込められている気がして。
白い手を包み込むように添えた手でタンブラーを引き寄せて、
「このデザインは俺に似合うか?」
きっと艶めく唇が躊躇っただろう言葉をそっと尋ねる。
甘く温かな声を出してみれば、ぴくりと触れていた指先が震えて、うるりと大きな瞳が瞬いた。
真っ赤な長い髪がふわりと揺れて、ほんの少し悩んだ後、意を決したように真っ直ぐ向けられた視線には迷いがなくて。
「似合うよ。」
それでいて瞬時、俯いた瞳は不安げで、
「ジイは何だって似合うから。」

ぱっと棚から手に取ったタンブラーはふたつ。
「花道は期間限定、飲めるよな。」
レジに向け歩き出せば、
「飲めるけど。ジイ、ふたつも、」
なにか言いたげな恋人に瞳を細めレジ机にタンブラーを並べれば、すぐに使うことを店員に伝える。
「こっちにはホットコーヒーを。もうひとつには期間限定のを。」
無意識にコートを摘んでくる指先を優しく解いて、指を絡めて手を繋ぐ。
此方の意図することがわかったのか、恥ずかしげに振れた睫毛が愛おしくて。真っ赤に色付いた頬が愛らしくて。くすりと溢れた息が熱を持った。

会計を終え、商品の受け取り場所へ歩みを進めれば、ぎゅうっと痛いくらいに腕に顔を埋める恋人。
「ジイの馬鹿。」
小さな声で呟いた言葉はきっと照れ隠し。
「こんな可愛いの、あたしには、」
「似合う。」
言い掛けた言葉を遮って微笑めば、繋いだ手から愛を伝える。
ベージュのボアコートの中に黒ニット。ブラックスキニーに合わせたショートブーツには小さな金色のロゴ。確かに今の服装は淡く甘ったるい目の前のタンブラー程、柔らかではなくて。果実を思わせる緋色の髪が不安げに揺れる。

「お待たせしました。」
にっこりと笑顔を向けられ、手渡されたふたつのタンブラーは綺麗な優しい桜模様。
「これは俺よりも、優しくて可愛い俺の大切な人にぴったりだ。」
どこか泣きそうな瞳に、瞼を落として。
くるりとカールした前髪を掻き分け、綺麗な額にキスをした。



「どうかしたのか?」
隣を歩く恋人の声にはっとすれば、少し昔の記憶を閉じて冷たい風に笑う。
「数年前の事を思い出してた。」
告げた言葉にきょとんとした瞳が細まって、
「昔のこと懐かしむなんて、本物のジイだな!」
楽しげに笑う表情に、心の奥がぼんやりと熱くなる。
黒色のベロアリボンで纏められた赤い髪に、高いヒールのロングブーツ。首元に巻かれたファーマフラーすら凛として見えて、甘さを感じさせはしないのに。この柔らかな恋人は細い指先が大切そうに包む桜模様のタンブラーに負けないほど、愛らしく温かで愛おしい。
「それにしても、」
優しい色を乗せた唇に、ふんわりと盛られたホイップクリームが触れれば、
「毎年、桜味のを飲む時はまだ桜は咲いてないんだよなぁ。」
口元を白くしながら、尖った爪先がちょんと跳ねた。
出掛ける度に持ち歩くタンブラーに、冷たい飲み物やトッピングの多いドリンクを頼みながらも、
「エコ!環境破壊反対!」
なんて、ストローすら使わない可愛い人の軽やかな笑顔は、心地よく懐かしい春風の香りがして。
手の中の恋人色のそれを見つめて、ブラックコーヒーに口付けた。

「ついてる。」
そう言うが早いか合わせた唇に、甘ったるいクリームの味が口に広がれば、

ふわりと揺れた睫毛の隙間、桜色の頬が笑った。









2020.02.22
甘色、恋色、桜色。





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