slam dunk



幸せの寝言

(海外同棲&桜木モデル設定)


短い髪を掻き上げて、そのまま首筋に触れる手のひらに吐息をつく。
「ねぇ、すきよ。」
なんて柔らかな言葉、自分には似合わない気がして。
へらりと笑って、密着したままの下腹部をきゅうっと締めて相手の背中に腕を回せば、熱い首筋に頬を押し当てて、
「別れよう。」
甘ったるい声で、ぽつり囁いた。


恋人の活躍と比例するように取り上げられる自分についてのゴシップ記事。ふらりと立ち寄った店の本棚にズラリと並ぶ雑誌の表紙には自分の名前にぼやけた写真。未だ読み慣れないアルファベッドの羅列に、それでも見出しのフォントを眺めてみれば書いている内容がなんとなく想像できて。
裕福ではない家庭に、少し荒れた学生時代。自分自身、他人に羨まれるとまでは思わなくとも困ったことなどなく幸せに歩んできた恵まれていたはずの人生。
「うちって普通じゃないのか?」
ぽつり、電話口で呟いてみれば、
「普通なんて定義も何もないだろ?」
そう笑う洋平の声に、ほろりと泣きたくなる。
今まで歩んできた世界はきっとずっと狭くて、とてもとても優しかったんだと、ようやく気がついて。薄型テレビの中、シュートを決めた煌めく美しい横顔をぼんやり眺めた。


ふわりと離れた身体に、珍しくほんの少し見開いた瞳。じっと見つめられれば、
「なぁーんて、引っかかったな!流川くん!」
そう茶化して誤魔化してしまいたくて。唇をぎゅうっと噛み締めて、視線をそらす。不安でたまらなくて、もう一度重ねようとした肩口をぐうっと手のひらで包まれれば、ずれ落ちたキャミソールのストラップが彼の指に触れる。
「誰の入れ知恵だ。」
射すように真っ直ぐな視線に、低い声。きんと冷たくなった室温に、怒りに満ちた空気が怖くなって。
「誰、も。」
小さく震えた声に、睫毛越しに相手を見つめれば、ほんの少し間を置いて、そっと肌に触れた体温から力が抜けた。
こてんと合わさった額に堪え切れなくて、腕を相手の背中に回す。低い位置にある彼の額に自分のそれを押し付けるようにして、鼻先を擦れば、震える唇で息を吐く。
「本心でもない寝言なんてきくか。どあほう。」
ぴとりと合わさった口元に、繋がったままの身体をゆったりと倒されて、ベッドに沈む。
柔らかに再開した甘い動きに、ぼんやりと熱くなる下腹部。シャワーを浴びて決心したはずの自分を裏切って、無意識に相手の腰に絡まった脚はきっと心の奥から湧き上がる本心。
「流川。」
名前を呼ぶだけで泣きたくなって。なのに、名前を呼ぶことしかできなくて。
きゅうっと収縮する身体に、何も言うなと甘やかすように熱いキスが降ってくる。背中に伸ばした腕を少し強引に引き離されれば、丁寧に指を絡めて外れないようにとしっかりとした力で繋がれて。
「流川。」
もう一度だけ、溢れる涙と共に名前を呼んだ。


何1つ変わらない朝にぼんやりとすれば、珍しくも
「行ってくる。」
そうぽつり呟いた声に、そっと優しくキスされて。
「いって、らっしゃい。」
中途半端にあげた手をひらりと降った。

ネットニュースも雑誌も、テレビ番組でさえ観るのが億劫で。ソファーの上で膝を抱く。
怪我もなく、成績よくのし上がっていく大切な人。その足枷になるのが怖くて、肩が震える。相手とセレブ女優の熱愛報道や、自分と年上モデルの不仲説なんかと訳が違って、今回の話には嘘がない。自分の家族は裕福とは言えないし、過去の自分の行いは確かに世間から見て正しくないかもしれないと思われて。それに比べ、きらきらと世界で瞬く恋人は、文句のつけようがない家系で実力を認められここまできたのは誰の目で見ても明らかで。無愛想なメディア対応を差し引いても、彼にはなんの非もないのだと考えれば、自分という存在がドロリと溶けて崩れていく錯覚に襲われる。
「今夜、もう一度。」
ぎゅうっと手のひらを握り締めれば、
「どあほう。」
そうこちらを見つめる恋人の声が聞こえる気がして。その言葉を振り払うように唾を飲み下す。
「寝言だと思われなければいいんだろ。しっかり目を開けて、ちゃんと起きてるって伝えて。それから、」
ふうっと息を吐いて、膜が張った瞳に気づかないふりをして、
「別れて欲しいって、伝えるんだ。」

途端、バタンと開いた玄関に、振り返ったそこには練習のためコートにいるはずの恋人の姿。家を出た時と変わらぬ服装と荷物を確認すれば、
「なに?忘れ物?」
バスケに関しては妥協のない恋人が連絡も無く帰ってきた事態に、悩んでいたことなど忘れ慌てて立ち上がる。
「今夜、外食する。」
いきなり告げられた言葉に目を丸くすれば、ぎょっとして
「どうした?流川、もしかして何処かで頭を?」
ぺたぺたと頬を触り顔色を伺えば、変わらずいつもの表情で手首を掴まれ離されて。
「ホテルのレストランを予約した。時間に間に合うように帰るから、準備しとけ。」
急な予定変更に理解が追い付かず、くるりと背を向け再度出掛けようとする相手の背中に、
「でも、なんで、」
動揺した声が溢れれば、ぐっと肩を抱き寄せられて有無を言わせぬ柔らかな唇が触れる。

「行ってくる。」
朝と同じ言葉に押し切られるように
「いって、らっしゃい。」
こちらも同じ言葉を返せば、ふわりとあげかけた手のひらに向かって、ぽんと小さな箱が投げられて。反射的に握りしめた拳を見つめれば、
「やる。夜までになくすなよ。」
ぽかんとした表情に、バタンと柔らかに扉が閉まる。


テレビ画面の中、汗を煌めかせ走り回る愛しい人。冬の木漏れ日に、そっと小さな箱を開いて中を覗けば、雪のように瞬く美しいダイアモンドリング。
ベロアのボックスに入った宝石に今夜の予定を思い出せば、安易に予想できる展開に、夢ではないのかと瞳を閉じる。
「やる。」
と言われたところで、指に通すのは憚られる特別なリング。もしかしたら間違いでは、なんて有り得ないことを考えて。数分に一度、なくしていないかと箱を覗く。

ふと手にしたスマートフォンを開けば、ぱっと目についた自分についてのゴシップ記事。いつもなら、ギクリとするその見出しに、ふうっと息を吐けばテーブルの上の小さな箱に微笑んで、相手へのメッセージを打ち始める。
シャワーを浴びてメイクをするのにかかる時間を考えながら、レストランの予約時間を確認しようと書きかけた文章を眺め指を止めれば、昨日のことを思い出して。全ての文字を消して、くすりと笑った。

「ホテルでの夕食はご遠慮いたします。」
丁寧な文字でぽちぽちと打てば、それだけで楽しくて。

立ち上がってクローゼットに向かえば、相手とお揃いのジャージを出して。この方が自分たちらしいだろうと、デリバリーピザのチラシを眺め、ふわり笑う。

テレビの中でシュートを決めた相手を見つめて、
「急拵えな寝言なんてきくか。どあほう。」
声に出して読んだメッセージを送れば。


「ねぇ、すきよ。」


幸せな世界に寝言を零した。









2019.12.08
あなたは眠らず寝言を言うの?





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