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君の日



ベッドの中で寝返りを打てば、珍しくも柔らかな表情にとろりとした視線。
「目、覚めちまったか?」
そっと癖のある髪を撫でてみれば、ぴとりと触れた胸部から甘い体温が伝わって。
「ん、別に。」
ふにゃりと溶けてしまいそうな緩い表情が愛おしくて、そっと抱き寄せてみれば脚が絡まる。
昨夜の名残を残した部屋の空気は湿っぽくて。それでいて幸せで溢れていて。
ぴとり、広い額に唇を寄せた。


「明日!?」
陽気な音楽に、港町らしい新鮮な海鮮料理。がやがやと煩い客たちの騒音の中、大きく響いた声にグラスの中の酒が揺れる。
何かあったのかと視線を向けるクルー達に、困ったように眉を下げる恋人を見つめれば、ひらひらと手を振り何でもない風を装って。
「なんで、今まで黙ってたんだ?」
少し声のトーンを落として尋ねれば、
「きかなかっただろ?」
なんて、どこか拗ねたような表情で返されて。
出生の話から、自身のことをあれやこれやと話さない相手だとは知っていたものの、まさか誕生日すら話す気がなかったのかと思い返せば、ふうと深く息を吐く。
「みんなには言わない方がいいのか?」
グラスを傾けて残り少ないそれを喉奥に流し込めば、硝子の中の氷を揺らし視線を下げる美しい人。
「んー、どうだろうな。」
忌子として生を受け自分の存在を肯定できない相手にとって、生まれた日など嬉しいものではないのかとぼんやり考えれば、揺れる睫毛に頬杖をつく。
「じゃあ、お前が言いたくなるまで、黙っとくよ。」
俯きかけた横顔に落ちた黒髪を耳にそっと掛けてやれば、柔らかな笑顔を向けて、
「別に誕生日を知った所で、生まれや育ちについて根掘り葉掘りきくような仲間じゃないことくらいエースもわかってるだろ?それでも悩むんなら、今は言う時じゃないだろうしな。」
カウンター越しの店主に先程と同じ酒を頼めば、未だどうしようかと戸惑うように振り返った瞳には、テーブル席に座り楽しげに飲み喋るクルーの姿が映って艶めく。
「なんなら、おれも忘れようか?」
新しく差し出されたグラスを軽く上げて見せれば、
「お前だけでいい。」
そう真っ直ぐにこちらを見つめた瞳が、

「デュースだけは覚えといてくれ。」

揺らめいた。


船のメンテナンスのためにと宿泊を決めた宿は小さいけれど、木の香りがするこじんまりとした部屋が心地いい。
ベッドに腰掛け、隣の毛布に沈む恋人の姿に、誕生日か、なんて考えて。
「エースは欲しいもんとかあるのか?」
ふと思いついたように尋ねた後に、酒屋で見せた切なげな顔を思い出して、
「いや、その、せっかくの上陸だし…買い物とか、」
下手な言い訳を告げれば、こちらに向けられた視線が幸せそうに細まって、
「なんでもいいのか?」
からかうように笑う。
どこか艶めいた、それでいて子どもみたいな表情。もしも、この人が幸福になれるなら自分はなんだって差し出してしまいたい。そう思える大切な人。誰にも言うことがなかった生まれた日は、きっと今まで誰にも祝われることなく過ぎてきたはずで。
「なんでもいい。」
ぽろり口から出た言葉に自分で驚きながらも、後戻りできやしないと腹を括って。
「なんでもくれてやる。お前が望むなら、なんだって。」
大食らいな恋人が満足できるようなお菓子でできた家だって、自分たちより何倍だって大きい恐竜だって。お伽話に出てくる喋る花や光る魔法の貝殻くらい、きっとこの不思議な海にはたくさんあるに決まっているから。それを見つけるまで待ってくれるなら、いや、それを一緒に見つけたいのだ、この愛しい人と。

「ほんとか?」
ちらりと驚いたように瞬いた宝石に、ふわりと果実のような唇が振れる。
「じゃあ、」
勿体ぶるような甘い声に、そっとベッドから起こされた身体。同じ高さで交わる視線に鼓動が速くなれば、ゆったりと波打つ黒髪が揺れた。

「デュースがほしい。」


すでに高くなった太陽の光がカーテンの隙間からキラキラと溢れて、温かな部屋の空気を透かす。
「エース、」
寝惚けた恋人が、空腹だと目を覚ます前にぎゅうっと強く抱き締めて、

「生まれてきてくれて、ありがとう。」

小さな声で秘密の言葉を囁いた。









2020.01.01
それは、僕が君のものになった日。

Happy birthday to Ace...!!





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