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泡唄



ぼんやりと眺めた海は静かで。
さらりと髪を撫でた潮風にそっと唇を開いた。


ガンと蹴り上げたはずの脚を掴む大男に目を見開けば、ぶわりと飛んできた炎の弾。驚いた拍子に緩んだ手から抜き取ったブーツでガツンと踵落としを食らわせれば、火傷と痛みからもがきながらも海面に落ちる賞金首。
「エース!」
炎が飛んできた先をみれば、にっと笑った白い歯に鮮やかなオレンジ色のハットが揺れて。
「油断すんなよ!デュース!」
ぱっと太陽のように明るい声が甲板に響いた。

「お前を求めて遠い島から遥々やってきたんだ!その可愛いお顔をちょいと貸してもらおうか!」
下品なほどに大きな笑い声に恰幅のいい男が犇めく船からは、エースの首を狙った来客が既に何人も此方に飛び移っていて。
「野郎ども、戦闘だ!」
空にまっすぐに届いた声に、火薬の匂いが鼻を掠めれば、きんきんと刃物がぶつかる音が跳ねて、ぐっと身体に力が篭る。
「おれの顔を借りたいって?」
帽子の影でメラメラと光った瞳は穏やかで、それでいてにやりと歪んだ口元が楽しげで。返事を待つことなく辺り一面に広がった真っ赤な熱に空気が揺れる。
「勘違いするなよ。」
がんがんと撃ち抜かれ倒れる男達の影に、ゆらりと揺れた炎は美しいとすら思われて。仲間達に振り上げられたはずのカトラスが突如燃え盛れば、驚きに仰け反った身体を回し蹴るその様は踊っているようにすら見えて。

「おれの顔は可愛いんじゃなくて、かっこいいんだ!」

どんと胸を張り、太陽に向け上げられた自信に溢れた表情はどこからどう見ても子供ぽくて。説得力の欠片もない。
「なぁ!デュース!」
振られた煌めく声に、やれやれと苦笑を漏らせば、
「お相手さんよりかは可愛いだろうけどな。」
髭面の男の拳をよければ、エースの攻撃を予測し身を屈める。
「おれも髭生やした方がいいと思うか?」
なんて本気で悩んでいるらしく、ぶわりと出した拳を戻し、首を傾げる愛おしい様に笑いを漏らして、
「そのままのお前でいいだろ!」
なんて、本心を告げた。

漸く片付いてきた甲板に、伸した男達の身体を元来た船へと投げ入れる。
「…隙あり!」
響いた声に、倒れていた筈の男の銃口がギラリと光れば向けられたそれは真っ直ぐにこちらを向いていて。
「デュース!!」
キンと大きく震えた空気に、ぐいっと押される身体。煩い火薬音に目を見開けば、世界はスローモーションで。
どさりと尻餅をついた瞬間、ふわりと弾丸を擦り抜けた炎が頭上を通り過ぎるのが見えて、手を伸ばす暇もなく、ドボンと海へ堕ちた。

「エース!!」
ぷくぷくと泡の上がる海面に、振り返りもせず飛び込めば、船上から聞こえる銃声に重い身体が倒れる音が遠くで聴こえて。そんなことなど気にも止めずに蒼い世界の中、石のように沈む愛おしい人に腕を伸ばした。


青一色の世界は静かで、ゆっくりと深い底へと向かう身体を抱き寄せた。
心配げに撫でた頬に、ふわりと開いた睫毛には焦りがなくて。まるで、こうしてふたりでここにいるのが当たり前のようで。
「エース。」
ごぽごぽと泡に紛れ呼んだ名に、細まった瞳は美しすぎて、この世のものなのか不安になった。
「デュース。」
確かにそう動いた唇に口付けたくて、でもそれは叶わなくて。
ぱくぱくと動かした口に空気になった声は弾けて消えて、ぐっと脚に力を込めれば、海面を目指し水を蹴った。

飛沫をあげて得た空気に胸を膨らませば、騒がしい甲板から降ろされた浮輪に腕を掛けて。げほげほと大袈裟に噎せれば、
「気をつけろよな。」
なんて、ピストルの形をした指先を此方に向けたエースに笑われて、
「エースこそ。」
ばしゃり、海水を愛しい人にかけた。


シャワー後の空気はしんみりとしていて。目の前に広がる海に、先程の蒼い世界を思って。なんだか、いやに胸が締め付けられた。
エースを狙いくる賞金首に海軍。その相手から贈られる皮肉交じりの愛の言葉。軽く繰り返されるその一言が自分は言えなくて。
だからといって、この大きな不思議な海のように、愛しい人を独り占めして閉じ込めておくことすらできなくて。
夜風に向かって唇を動かした。

「デュース!もうすぐ飯だぞ!」

きらきら輝く声に振り向けば、星屑を映した波に背を向けて、
「いま行く!」
深く息を吸いこんで、大きく一歩踏み出した。




白い満月に瞬く星空は、海の世界によく似ていて。
そっと吐いた息は熱くて甘くて。


泡に込めた秘密が、

「お前がすきだ。」

そう、唄うように溶けて消えた。









2018.04.24
ふわりと浮かんだ泡の中、甘い想いがとろりと溶けた。




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