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夢の世界のマスカレード



飜るコートの裾には金色の刺繍。深く被った羽根つき帽に、目元を覆うマスクが煌めいて。ワルツに揺れるその世界が夢のようだと瞳を閉じた。


「デュースはいつもと変わんねェな!」
けたけたと笑う相手の目元には、黒地に赤いラインの入った仮面があって。だらしなくも前を開いたままのブラックシャツに無造作に肩に掛けられたコートは深紅のベロア。
「エースこそ、仮面をつけても表情が丸見えだな。」
なんて笑って返せば、いつものマスクの上に重ねたそれは白地に青の飾り線。真っ白なぱりっとしたシャツをしっかりと閉め、首元のタイを整えれば、肩に羽織った群青のコートを引き寄せる。

キラキラと瞬くシャンデリアに、真っ白なホールはまるで夢の世界で。優雅な音楽を奏でるヴァイオリンにピアノの音が部屋を包む。華やかなバロックドレスに高く伸びたヘッドドレス、顔を覆い隠すマスクの薔薇色の口紅は無機質で。レースのグローブに包まれた柔肌をエスコートする紳士達の表情も均一で。誰1人として感情が読めやしない。
変な空間だと溜息を吐けば、その息すらまるで偽物のようで、そっと足を踏み出した。

事の発端は、たまたま立ち寄った市場での福引大会。狙いは二等の米俵のはずだったのだが、エースの手が引き寄せたのは特賞の招待チケット。

「美味いもんが食えるならいいけどよ。」
指先でぺらぺらと揺らしたそれは、島を挙げての仮面舞踏会への参加許可証で。
「仮面の相手なら、毎日してるんだけどなぁ。」
なんて、からかうように目元に触れた温かな指に苦笑が漏れた。
「古くからある城でのパーティーに招かれたんだ。名誉なことだと思わないとな。まぁ、観光客向けのものだとは思うけど。」
貸し出し衣装を纏ったふたりの姿はまるで御伽噺の登場人物のようで、なんだかこそばゆくて笑ってしまう。
「案外、似合うな。」
そう首元まで閉めた黒いシャツの襟にさらりとフリルのリボンタイを巻いてやれば、丁寧に結んでやる。
「デュースは本当、いつも通りだよな。」
くしゃりと撫で上げられた髪に、仮面越しでもわかる明るい笑顔が眩しくて。
「おれはいつも紳士的だからな。」
にやりと笑って見せれば、エースがまたけらけらと楽しげに声を上げて。嗚呼、なんて幸せなのだろうとグローブをはめた手を握った。

「行こうか。」
「おう!」

出した一歩は大きくて、純白のホールに降り立ったふたりは、なんだかこの世界には不釣合いで。
ゆったりとしたワルツの音に、豪華すぎる装飾。上品な色のドレス達に、ふわふわと流れる時間。鼻を掠める柔らかな香りすら、脳を酔わせて、違う世界を見せて。

「デュース!飯だぞ!」
現実へ戻すように強く引かれた腕に、子供のような声。
テーブルに並んだオードブルは美味しそうで、ハイティースタンドに置かれたデザートは鮮やかで。ウエイターの盆からとったシャンパングラスに弾ける泡をぼんやりと眺めれば、
「これ、全部タダだよな?」
悪戯っ子のようにこそこそと耳打ち確認するその様が、可愛くないなんて言ったら嘘になる。
「おれ、財布置いてきちまったんだが。」
眉を下げ心配げに告げる瞳にシャンデリアが瞬けば、この世界は美しくて。
「そんなの、いつものことだろ?」
繋いだ手に力が籠もれば、視線を絡めて、
「それに、招待券がありゃなんだって許されるだろ。」
そう、まるで自分の背を後押しするように呟いた。


顔の見えない人の群れ。迷わないように、と理由をつけて握り締めた手のひらは温かで柔らかで。
少し靄のかかった白い世界を非現実なのだと、自分にすら思いこませて。ほんの少しだけ大胆に、愛しい人の腰を抱き寄せた。

「デュース?」
いつもと違う空気感に気が付いたのか、ふと呼ばれた名は甘くて。
「エース。」
対照的に近付けた唇から漏れた声は、ほんの少しだけ固くて。

ふわりと伸びてきた手のひらに両頬を包まれて、こてんと合わされた額に、かつりとぶつかった仮面が鳴いた。
「本当にデュースは心配性だな。」
囁かれた声が唇に触れて、恋しくて。くすくすと溢れた笑みに心が溶けてしまいそうで。


「おれはデュースを見失わないぞ。」


ぽつりと耳に届いた声に、世界が止まった気がして。見開いた瞳に、きっと、この愛しい人は気付きやしなくて。
それでいい、と瞳を閉じた。

仮面の人に溢れたダンスホールでは飽きも足らずに優雅な音色が繰り返されて、くるくる回るドレスの裾は密閉空間を掻き混ぜるだけ。現実から少し外れた不思議な空気の中、柔らかな頬に手のひらを寄せて、相手とはズレた言葉をそっと返した。


夢の世界の中でなら、なんて意を決して寄せた唇に、鈍感な相手はなんとも思っていないのだろう。
「マスクしてる奴が何人いたって、おれはデュースを見つけられるからな!」
そう胸を張った恋しい人は、こうして密着させた体温を迷子防止だとしか捉えていなくて。

だからこそ、こんなエースがすきなのだ、と泣いてしまいそうなほど胸が熱くなって。ぎゅうっと強く抱き締めた。


「なら、おれの傍に居てくれよ。」


溢れた声は少し掠れて、それでいて重くて。
でも、だからこそ、此方の真意に気付かないでくれと願って。世界から切り離された場所で、深く甘い息を吐いた。


「おれは心配性だから。」


仮面を被ったはずの言葉は何故だか嫌に震えていて。
罅の入ったマスクからほろほろと本心が零れ落ちそうで。


その艶めいた唇で心を塞いでくれれば、なんて。
また、かつり、仮面を合わせた。









2018.04.23
仮面の中の仮面の中の、真実。




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