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ハーフデザート



甘い香りに微笑んで、そっと伸ばした指先で赤い唇にふわりと触れた。


何を食べても幸せそうなその人は、子供のように無邪気で。ばくばくと口に食べ物を放り込んでは、そのままいびきを立て始める。
「食べてる途中に寝るなよ。」
なんて呆れから漏れたはずの吐息に甘さが混ざって目元が細まれば、自分ですらおかしくて。
口端についたチョコレートに真っ白な生クリーム。こんな甘いものよく何皿も食べられるものだ、とカップに唇を当てれば、積み上げられた皿の山をぼんやりと眺めて、幸せそうな寝顔にまた息をついた。

ザッハトルテを思わせる深い色の髪に、長い睫毛は飴細工。すよすよと温かな寝息をこぼす唇はさくらんぼうのようで。エース自身が、まるで甘ったるいデザート。
整った綺麗な横顔に、口の周りにつけたままのクリームに幼さが際立って、そっと起こさないように波打つ髪を撫でた。

柔らかなこの愛しい想いをいつになれば伝えられるのだろうか、なんて自分に問いかけたって答えなんか見えやしなくて。だからといって、今すぐに熱い愛情をまっすぐに伝えられるほどの勇気はなくて。
エースが拒絶なんてしないだろうことは百も承知の事実だが、もしも伝えたその瞬間、あの美しい瞳が哀しげに笑ったら、そう考えるだけで胸が絞め付けられて。自分が愛されることをきっと許しきれない温かな人を傷つけてしまいそうで恐ろしくて。
唇についたチョコレートを親指で拭えば、静かに舌を寄せた。


「デュース!これ、美味いぞ!」
告げながら差し出されたのは半分のドーナツ。
「お前が買ったんだろ?全部食べればいいのに。」
エースに限って満腹のはずがないだろうと返せば、きらきらと瞬いた飴玉は艶やかで。
「なんだ、ドーナツ嫌いなのか?」
傾げられた小首にさらりと黒髪が揺れる。
その様がどうにも美しく思われて、胸がきゅうっと掴まれて。
「嫌いじゃねェけどよ。」
渋々と口に含んだ甘味は水分を奪って、存在感を主張して。
咀嚼するそれはどこにでもあるだろう、ただの揚げドーナツなのに。何故だか無性に懐かしくて、美味しく感じられて。
「…よかった。」
頬を膨らませる様を見て、ふわりと小さく囁かれた声に、口内のそれをごくりと呑み込めば、
「デュースってさ、ひとりだと美味いもん食べないだろ?」
眩しいほどに幸せそうなその笑顔に、向けられた言葉に涙が溢れそうで。潤んだ視界を誤魔化すように、残りの大きな欠片を強引に口へと押し込んだ。
「デュースはあんまり自分から好きなもん食べたり選んだりしないから。だからな、」
そう瞬いた瞳に、ドーナツの上を飾っていたのだろう頬についたままのカラースプレーが鮮やかで。

「おれが半分にしてやるんだ!」


口端についた生クリームに、そっと唇を寄せて。寝たままの無防備な相手にそっと口付けた。
「エース、起きろよ。」
そっと肩を揺らして、いつものトーンで。
ばくばくと速まる心臓の音に耳を塞いで、ゆったりと開いた甘色の瞳に問い掛ける。

「半分、おれが食べてもいいか?」

なんて。


胸焼けしそうなほどに甘ったるい、恋する声で。









2018.04.22
君との初めても半分こ。






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