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天国の狭間



天国に一番近い島。そう語り継いできたのは、飢えに死にゆき絶望に泣く冒険家ではなく、遠くからこの島を見つめた奴ばかりなのだから、きっと、こうして浜辺に寝転んで実感したのはおれとエースだけなんだろう。

太陽に立つ、煌めく黒髪にぼんやりそう考えれば、きょとんと振り返ったそのそばかすが愛おしくて。
「デュース、もうバテちまったのか?」
尋ねた眉が近付けば、しゃがみ込んだ背中に腕を伸ばして、ぐっと引き寄せた。バランスを崩した身体はどさりと倒れて、胸に当たった鼻先とはらりと落ちてきた波打つ髪に瞳を細めれば、
「こんな程度でバテるかよ。」
漏れた声は甘くて、自分ですら笑ってしまう。
美しいエメラルドの色をした海は、ふたりの時間を閉じこめようと内へ内へと波を寄せる。そんなことしなくても、おれがエースを見失うことなど、きっとありはしないのに。
そっと背中に腕を回せば、大袈裟なほどに跳ねた肩に、ふと躊躇って表情を伺う。よく考えれば、風呂にも入れぬ野郎に抱かれる感覚が心地よいなんて思えないのだろうと思われて、軽い言葉で謝罪しようかと開いた唇をすうっと閉じた。
驚いたように見開かれた瞳に、瞬時困ったように泳ぐ視線。なんと言葉にすればいいのか悩んでいるらしいその表情はどこか脅えているようにすら見えて。

「大丈夫だぞ。」
そう、言葉が零れた。

愛されることに馴れていない、腕の中の温かな存在はまっすぐな愛に小さく震えて困惑して。そんなエースが愛おしいなんて、おれの想いは少し歪んでいるんだろうか。
すきだとも、愛してるとも、告げやしないのに。哀しげに揺れた瞳があまりに切なくて、自分で自分を愛情から切り離そうとする、その様がまるで自分とは正反対で。愛されないことを嘆き、愛されたいと願い生きてきた自分に小さく苦笑した。
「大丈夫だ、エース。」
繰り返した言葉にすら、行き場を迷う腕は固まって。それなのに、此方を気に掛けどうにか笑った口元に泣きたくなった。
「なにがだよ、デュース。」
まるで、おれはいつも通りだろうと言いたげな口調に、噛みしめられた乾いた唇が痛々しくて。

「エース。」
そっと包んだ両頬に、まっすぐに見つめた深い宝石。
「エース。」
お前は愛されたっていいんだ、そう告げるにはふたりはまだ浅すぎて。
「おれの背中に腕を回してもいいぞって意味だ。鈍感だな。」
ほんの少しの歩みにすら時間がかかって。でもそれでもいいのだと、砂に潜るように背中に回された腕に、甘く柔らかに微笑んだ。

「こうする、意味ってあるのか?」
そう小さく尋ねた声に、どう返すのが正解か暫し悩んで、
「体臭確認だ。」
なんて、出任せを言う。
「こんなに密着してても堪えられるなら、まだ身体を拭かなくても大丈夫だろ。」
まるでどこかの書物で読んだかのように装って、抱き締める口実を作る。こうすれば、もしも、エースが人肌を恋しがった時、この行為を言い訳にできるから。
「なるほど、な。」
納得しているのかしていないのか、曖昧な言葉に、
「デュースが寂しいのかと思った。」
ぽろりと耳に届いた声を聞かなかったことにする。
その言葉への返事は少し待ってくれないか、と心で告げて、日に焼けた首筋に鼻先を埋めた。

「太陽の匂いがする。」
溢れた言葉は温かくて、天国に近い島はあまりに美しくて。
「デュースは海の匂いだな。」
そう、返された言葉が普段のものに戻っているのに気がついて。そっと黒髪を撫で解いた。




孤独なふたりをそっと包んで閉じ込める、静かな波の音はまるでオルゴール。
ならば、浜辺で寝そべるふたりは円形舞台を踊る人形だろうか。そう、考えれば滑稽で不愉快で。それでいて、この穏やかな気候に呑まれそうで。

「一緒に出ような、この島。」

ぽつりと呟いた言葉に、ほんの少し甘えの混じった息が髪を揺らして。

「うん。」
その一言に心が掴まれた。




愛に脅えるその人を抱き締めて、そっと小さく息を吐く。
ゆっくりでいい。ずっと傍にいるから。
おれたちの楽園はもっともっと先だよな、なんて。


天国に1番近い島で、甘い声音で名前を呼んだ。









2018.04.21
ここが天国なら、きっとこの想いは届いてる。





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