toy box



指先の秘密


暗闇の中、ギラリと光る瞳に気づかぬふりをして、そっと小さく唇を開いた。


木材がゴトリと崩れる音に肩が震えて、鼻先を擽る木屑の香りが嫌に鮮明で。
「・・・ルッ、チ。」
と掠れた声で呟けば、押しつけられた下半身に熱い熱が鼓動を早める。
すぐ傍で聞こえる仲間達の声に、足音が泣きたくなるほどに近くて、
「誰か、きた、ら、」
なんて言葉すら主張できなくて、肩を押し返す手の平は弱々しい。
冷たいほどに普段と変わらない表情とは裏腹に、荒い息が首筋に当たって。甘えるように寄せられた唇に、這うざらりとした舌があまりに優しくて、このまま身を委ねてしまおうかと脳が溶ける。
ひんやりとした指先がシャツの中に進めば、静かに強請るように腰を撫でて、ベルトで拒んだ隙を盗んで指が下へと進む。
かろうじて残った理性で、白い両頬を包んで首に吸いつく相手を離せば、さらりとかかる黒髪が太陽に煌めいて、まっすぐな瞳が切なげに映る。
その姿があまりに愛おしくて、苦しくて。伝えるべき言葉が浮かばず、唇から息を漏らせば、まるで言葉なんて聞きたくないとでもいうように我が儘な恋人に声ごと奪われて。
誰も知らない真昼の口付け。

伸びてきた舌を噛んでやることも、自由な腕で力いっぱい抵抗することだってできるのに、なぜだかどうも叶わなくて。熱い唾液を飲み下して、広い背中に腕を回す。更に密着した下腹部に、いつの間にか緩められたベルトが腰を撫でるように抜き取られて、かたり地面に落ちる。
窒息しそうな深いキスに、今にも暴かれてしまいそうな身体。賑やかな声に、とんとんと木槌を打つ音すら夢のようで。銀色の糸を引いて、離れた唇に縋るように、自らの口元を押し当てた。
「ふたり、きりで、」
ぴとりと触れるだけの口元に、飲みきれなかった唾液はそのままに。上気した頬を隠す術など思いもつかず、ただ本能のままに。

「この、先は・・・ふたり、だけがいい。」

なんて、甘ったるい声を零した自分にはっとして、潤んだ瞳から落ちた涙を隠すように腕で目元を隠せば、身体を離して。ベルトを拾って見上げた先にある、愛おしげに向けられた視線になぜだか背筋がぞくりとして。
柔らかに人差し指を唇に当てる、その優雅にすらとれる姿に心が奪われて。溺れている自分を自覚する。


子どもにするように、口元に指をやるその秘密の合図は、「今夜、部屋で会いましょう」といういつの間にかできたふたりだけのサイン。
仕事終わりに寄り道せずに帰宅して、シャワーを浴びて相手を待つ自分が滑稽とすら思えるのに、部屋の鍵を閉めるという選択肢は頭に中にはありもしなくて。
紫煙を揺らして視線をやれば、窓から覗く月が高く上がって。そっと静かに明かりを消せば、それを合図とするかのように扉が開いて、かちゃりと中から音を立てて鍵が閉まる。
シルクハットに隠れた表情を図るように向けた視線の先、月明かりに照らされた恋人が、儚く思えて。消えてしまいそうだと不安になって、腕を広げてベッドを鳴らす。
音もなく近付いて、挨拶ひとつなく押し倒されて、ふたりで沈んだシーツに皺ができれば、
「シャワーは、浴びなくていいのか?」
なんて、ふざけて笑いかければ咥えていた葉巻を奪われて、ベッドに縫いつけるように深く熱いキスが降ってくる。
ハンガーに掛かったベルトが夜風に揺れて、きらきらと月光に瞬いたって、きっとこの瞳には叶いはしない。そう、苦笑を漏らして、柔らかに解かした身体を相手に差し出す。


深い熱に耐えながら抱きつくのは固い枕。
揺れる腰に覆い被さるように密着した身体は、ベッドを軋ませ甘く鳴く。押さえつけるように重ねられた手の平に、ぽたぽたと落ちる滴が汗か涎だか、はたまた涙かなんて考えることすら億劫で。
「ルッチ!ルッ、チ・・・!!」
まるで、呼んでいないとどこかに消えてしまうのではなんて考えて。
ベッドに繋がれた腕も、押しつけられた膝も使えずに、ただ一点で相手を抱いて。離れないで、と言葉にできずに、きゅうっと強く締め付けた。


嗚呼、叶うなら明日も明後日も、
その指先を唇に。






2017.06.18
心臓を打ち抜くのは、その指先。





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