toy box



polvere di stelle



重い色をした髪の隙間から、揺れる光を見る。
まるで世界の終わりのようだと呟きかけた唇に、熱い息がかかって。
私はそこに宇宙を見た。


政府というものは人の使い方をわかっていない。そんなこと、子供の頃から理解していたはずなのに。再度、思い知らされれば、デスクの上に積まれた書類の山の前、深い深い溜息が漏れる。
潜入捜査をしている最中、手元に届いた封筒。まるで故郷の友人から届いたとでも言いたげな安っぽいふりをしたそれは、上司からの依頼状。世界のためにとは名ばかりに働かされて、その上、また仕事の上乗せ。どうせ、お偉い方の考えることは金と欲にまみれているのだろう。部下の事なんてお構いなし。
すっと隣に並んだ同僚の手には"遠縁の親戚"から届いたらしい手紙。
「ルッチ、週末の買い物に付き合いなさい。荷物持ちのお礼に食事を御馳走します。」
無表情な瞳を見つめ、秘書らしい甘さのない声でそっと囁いた。

滑るように走る海列車の中。海上で煌めく星々は宝石のように美しいのに小さすぎて。硝子についた埃にも見えて、ひねくれた思考の自分が嫌になる。いったい、この目の前の男には、あの遠く輝く宇宙の塵は何に見えているのだろう。そう考えて様子を窺ったところで何も見えない表情に、まるで呼吸すらしていないのではと思えるほどの静けさ。
嗚呼、彼との静かな夜には慣れているはずなのに。薄暗い部屋の中、傷だらけの身体をまさぐって欲を満たす行為は怠惰的で、いかにも私たちらしくて。そんなときは、声も出さずに話しもしない。ただただ、溶けるようにひとつになって、お互いの吐いた息だけを吸って、シーツに絡まり溺れるだけ。
何度目かの夜を思い出して瞳を細めれば、嘲笑うかのように、満天の星空が窓越しに煌めいた。

今夜は謂わば、一夜限りのランデブー。ただし一匙のロマンスも含まない、そんなもの。
大きな窓越しに見えるパーティー会場には、見慣れた顔をした貴族が数名。音もなく降り立ったバルコニーでふたりきり。隣の影が小さく呟く。
「予定通りに。」
数ヶ月ぶりに聞いたその声は何故か甘みを帯びていて、なのに重く薄暗い。まるで底の見えない深い深いブラックホール。ちらちらと揺れる星明かりを背景に笑った口元は不気味で、それなのに信じられないほどに美しくて。
ドアノブを破壊して出口を塞ぎながら見た、ホールの真ん中で血に塗れた同僚の姿を疑いたくなる。いやに楽しげに人の命を奪う様が、あまりに鮮やかで。眩しくて。あの静かな美しさとは対照的で。いや、疑うべきはそんな彼の姿を見てさえ、愛おしいと思えてしまう自分なのだろうが。
翻ったマントに、揺れる波打つ髪。楽しげに微笑む瞳に掛かる長い睫毛に、唇から覗いた白い牙が美しくて。世界がゆっくりと廻る音が聞こえた気がした。
吹き上がる真っ赤な飛沫に、踊るように蹴りを出す大きな背中。時折、ぶわりと膨らむ肩を眺めて、逃げまどう人々を彼に向けて跳ね飛ばす。要人を確認して、建物に火をつけるだけで事足りる任務。なのに、確実性を重視して、なんて言い訳じみた理由まで用意して踏み込んだのは、彼の言葉に逆らう気すらなかったから。
別に彼に適わないわけではない。彼を止めることが不可能でないことも知っている。それでも、ここで彼の言葉に従うのは、きっと私もこの時間が楽しいから。私も彼がギラギラと眩しく光る時間を、このショーを心待ちにしていたから。

ベッドの上で微睡む肉食獣に身を寄せて、その心音に安堵する、あの時のように。人間離れした美しさと強さに惹かれながらも、ほんのひと時の人間らしさを求めて。この人を知っているのは私だけだと思いたくて。傷跡の残った背中に腕を回す、あの時のように。
彼が人間らしくなるのは、きっと、人を殺した後とベッドの上だけ。

燃えさかる屋敷の庭に出てみれば、持ち主を失った噴水が何も知らずに水音を立てる。
「派手にやったわね。」
何ともない風に呟いて、彼の頬に飛んだ肉片を指先で擦り落とす。先程までの興奮の反動か、静かに動きの鈍くなった相手の顔が俯けば、シルクハットを傾けた額がこてんと金色の髪に乗せられて。それだけで彼が欲しくなる。
未だ荒い呼吸に、鼻につく血の香り。まるで獣のように殺気を孕んだ身体が、異様なほどに熱く感じる。
「ねえ、ルッチ。」
意識の確認をしようと柔らかに声を出して。なのに、その声は少し震えていて。何を恐怖しているのだろうと笑ってしまう。
顔を覆うように降り注ぐ黒い髪は、まるで世界を隠すカーテンのようで。うねり揺らいで、私を惑わせる。
轟々と燃える炎に、静かに響く水音。視界は愛する人の影で暗くて。
「まるで、」
世界の終わりのようだ、と呟きかけた唇を塞がれれば、背中に回った逞しい腕に寄りかかる。
人を殺したばかりの腕に抱かれ、死に逝く人に差し伸べすらしなかった指先で愛しい人の髪を混ぜる。
仕事だと割り切っている時点できっと私たちは狂っている。それなら、世界に合わせる必要など、きっと、もうなくて。
狂った軌道に乗って、どこまでもふたり堕ちていけばいい。




波打つ髪の隙間から覗く燃えさかる炎が、ちらちら瞬く星屑に見えて。
その奥に潜む美しい瞳が、私にはアンドロメダに見えたのです。










2022.02.20(うつしよさんに寄せて)
なにもかもが、貴方の前では星屑同然。





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