toy box



Phantom monofilament

(両片想い設定)

透明な線を結ぶ。
こんな行為、何でもなくて。きっと記憶にすら残らない。
細かな想いを集めてできた拙い指輪は、いつまでも宝箱の奥底。


細い指に輝くダイアモンドを眺めれば、頬杖を着いた上司が瞳を細める。
「綺麗でしょ。もらったの。」
そんなこと聞かずともわかるということを、この女はまだ理解しない。
きらきらと窓から差し込んだ光に瞬くそれは、無色なのに虹色の光を放つ。
「ほら、この間、話をした貴族のあの人。クリスマスプレゼントにって。」
つい先日まで「最近はビーズのアクセサリーが人気らしいの!」なんて、小さな色粒で遊んでいたあの瞳は、もう目移りしていて。馬鹿らしいと溜息を吐きたくなる。
「それよりもサインを。」
事務的な声で囁いてデスクにコーヒーを置けば、視界の端にメッセージカードが映る。さらさらと綴られた異国の文字。なるほど、あの自己陶酔型の貴族は無知なお姫様に気障ったらしく見慣れぬ言葉で語りかけようとしたらしい。
「ああ、それね。」
こちらの視線に気が付いたのか、困ったように笑う瞳は溶けてしまいそうなほど甘くて。
「カリファに読んでもらおうと思って。」


ばたんと閉じた扉に、ぐしゃりと崩した前髪。脱いだジャケットを椅子にかければ、煙草に火をつける。吐き出した紫煙をぼんやり眺めれば、銀のアクセサリトレーに居心地悪そうに並んだ小さな輪が目に付いた。呑み込んでしまいたいほどに切なく甘ったるい幼い日の記憶が憎くて。そんな事を覚えている自分にすら苛立ちが募る。
閉め切った真っ黒なカーテンに、部屋の中は暗くて。それすらどうでもいいと考えながら、電伝虫に手をかける。任務完了の連絡を今までしなかったのは、無事に帰ることを優先したからではなく、上司が部下である自分の安全を心配し消耗する時間を無駄に長く引き延ばしてやりたいと考えたから。真っ直ぐに自室に戻ったのは、思い上がった長官の「任務後には自分の元に帰ってくるだろう」という甘ったれた考えを裏切ってやるため。
そう考えた所でちらちらと瞬く小さな輪が目について、やるせない気持ちで満たされれば、あの菫色の瞳から大きなビーズ玉が落ちる様が脳裏に浮かぶ。
どうしようもない心地で小さく悪態を吐けば、電伝虫にかけていた手を止め、煙草を消してすぐ、血塗れのジャケットを手に取った。


「器用なのね。」
そう囁いた声が二重に聞こえる。
「こんなこと、誰だってできる。」
幼い日の自分が脳裏に浮かべば、何とも滑稽な気がして。記憶を振り切るように、透明なそれをさっと扱いてぴんと伸ばす。するするとした表面に滑る光の粒に、嗚呼この甘ったれた女はこんな簡単なことすら苦戦するのだろうな、と考えたことを思い出せば手袋を填めた手で、太い首筋に細く頼りのないネックレスを添える。
震える声に懇願されたって、聞く気などない。欲しい答えがもらえれば、それ以外は何も必要ないのだから。指令通り、必要な言葉を引き出せば、このナルシストはお払い箱。間抜けな上司が、この男と親しげに接するのを見守っていたのもこの時の為。
隠された金の在処と導線を吐かせれば、あとは何でもない。椅子に座ったまま拘束された男の首に回したネックレス紛いのテグスを引いて、もがく膝の上に足を乗せ踏み押さえる。柔らかな肉にまっすぐな赤い線が現れれば、ぷつりと浮かび上がった血液の玉が溢れ出す。
ぐっと引いた手の力に併せてごとりと落ちた頭部は、遠い日に聞いたぱらぱらと跳ねるビーズのたてる軽い音とは対照的で。鈍く、重い。いつかのあの日を思い出しながらも、飛び散る血飛沫に何の感情も浮かばない自分に、安堵する。
きらきらと輝く赤を纏ったそれを巻き取れば、深く息を吸って。過去の自分を嘲笑う。


天竜人への天上金に滞りが見られるとの報告が入って数日、急に浪費が激しくなった貴族の名が複数上がった。涙ながらに「私たちは確かにお支払いしたんです!」と叫ぶ村人たちの家々が焼け落ちる匂いを嗅ぎながら、心を痛める義理もなく、淡々と関係者の話を聞く。その中で、長官の見目に惹かれたらしいひとりの貴族の存在が浮かんだ。
「最近はダイアモンドがお気に入りのようでして。焼けた村の教会にあったという"聖母の涙"という指輪を探しているようです。」
親切な笑顔を向け世間話を装えば、村人たちを思い、天上金代わりにとシスターが震え差し出したのだろう宝石の名を出す。もちろん、その指輪すら天竜人の手に渡る前にどこかで抜き取られている事を知りながら。

「私のことを、馬鹿だと思っているのかしら。」
ぽつりと囁いた唇は艶やかで、煌めく石を眺める睫毛は柔らかに触れる。
「それとも、あの人が馬鹿なんだと思う?」
子どもっぽく告げられた言葉に「さあ」と微笑めば、指から抜かれたリングがぽいっと乱雑に飛んできて。
「天竜人に返しておいて。」
さらりと立ち上がった上司を視線で追えば、指輪を袋におさめ、ゆっくりと並んで歩く。
ふと、先程、目にしたカードに踊った言葉を思い起こせば、
「愛を込めた指輪を貴方へ。」
さらりと口を滑った言葉に、相手の顔色を伺う。
「メッセージカードを通してじゃなくて、直接言ってほしいわ。」
何ともないように皮肉に笑った瞳が、ぼんやりとどこかを見つめた。


電伝虫の前で泣きそうな瞳で座る、馬鹿な女に跪く。返り血を浴びた、そのままの姿で。
「任務完了しました。」
それだけ呟いて立ち上がりかければ、柔らかな腕に抱き締められて甘い香りが胸を満たす。
「遅い。」
まるで「迎えにきてくれないかと思った」と泣く子どものように、震えた声は幼くて。嗚呼、この感覚は知っている。そう感じながらも、抱き締め返したりはしない。
名前も知らない王子様を待つ、この人に、おれは未だに何も言わない。
「カリファ、お願い、」
甘ったるい声に、続いた言葉は意味を成しているように思えなくて。なのに、
「はやく、かえしにきて。」
消え入りそうなその声に、押し殺したはずのいつかの記憶が、どろりと溢れた気がした。




「はい、どうぞ!」
宝石より眩しい純な瞳に自分が映る。差し出されたそれは、透き通った糸にクリアビーズが連なっただけの輪っか。しかも、先程「結べないの」とべそをかいていた相手の代わりに、そのオモチャを仕上げたのは確かに自分で。
「ダイアモンドの結婚指輪よ。きれいでしょ。」
自分がもらって嬉しいものは、他人が受け取っても喜ぶはずだと考え疑っていない愚かな笑顔。いや、もしかすると、どんなガラクタでも自分の手から渡せば、何だって素晴らしいものになるのだと考えている馬鹿なのかもしれない。
「王子様は、戦いの訓練があるんでしょ。でも私は怪我をしないようにってパパに言われてて、ついていけないから。だからね。」
王子様なんていう間抜けな呼び名。サイファーポールの訓練生として、素性を明かすものではないかと考え、名乗らずにいたために定着したお飯事のような関係。そう考えれば、こいつの周りは御伽噺の世界のように嘘くさいな、と呆れてしまう。現長官の血縁者となれば、遠くない未来に血生臭い社会に巻き込まれていくことが決まっているのに。まるで、周りの全てがそれを拒絶し、この甘い砂糖菓子に現実を見せぬように踏ん張っているようで。馬鹿馬鹿しい、と溜息が漏れる。
「あのね、」
摩れた心とは対照的に、柔らかな想いが染み出した愛らしい声が聞こえれば、雪のように白い肌が薔薇色に染まる。
「大人になったら、それを私の指に返してほしいの。」
手の平に乗せられたビーズの指輪。サイズもおかしくて、どうみても失敗作。なのに、それを「いらない」と返すことも「そんな約束できない」と拒否することすらできない自分も、きっと。この御伽噺に巻き込まれた馬鹿なのだと思った。




大人になった指には合わない誓いの指輪は、今もなお、透明で。まるで幻のようだ、と手のひらに包んだ。







2021.12.28
住む世界が違うのだと、貴方は言うけれど。






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