toy box



moon supper

(船大工時代)

枕に擦りつけた額に、荒い息が零れる口元からたらりと唾液が落ちる。
焼けるように感じる肺の中の空気をどうにかしたくて。胸元を掻きむしっても、何も変わりはしなくて。回らない思考の中、手繰り寄せた白い衣服を握りしめて、動物のように欲に満たされた身体を震わせる。
熱に浮かされた下腹部をシーツに押しつけようと考えながらも、そうすることで得られるだろう強い快感に脅えれば浮かせた腰をそのままに為すすべもなくて。感じたことのない強すぎる欲望に、恐怖さえ感じれば、自分の手が肌に触れることすら恐くなる。
拳の中で皺になった白いタンクトップを鼻先に寄せて、匂いを吸い込めば、深い安堵の後ろから津波のように強い警報が鳴り響く心地がして。ぶわりと背筋に熱が這い上がる。どぷりと濡れた下着に、不快感を覚える前にまだ足りないと恋人の抜け殻にすがりつく。
くらくら揺れる脳内に、いつの間にか頬を伝う涙。まるで酷い風邪を引いたかのような怠惰感。なのに、思考は目まぐるしく動いて、酔ってしまいそうだと枕に額を押しつける。
喉の渇きと、下腹部の飢え。何かを欲して疼く身体に、何を与えればよいかすら考えられなくて。目の前の白布を口に含む。噛み切れるはずもなく、ただ唾液の染ませる、その行為はまるで赤子の歯固め。どろどろに溶けてしまいそうで、なのにそれすら許されなくて。
ぽたりと首筋に落ちてきた水滴に、獣の涎を思い起こした。

少し乱暴にひっくり返された身体に、そっと白布を剥ぎ取られれば、衣服を纏ったままの身体がなぜだか無防備に思われる。乱れた髪を梳く相手の指に震えながらも、何も言えなくて。見下ろしてくる表情が見えないままに、髪から落ちてくる滴を舐めた。そっと汗で湿った衣服越しに腹部を撫でられて、それだけで口から甘ったるい息が溢れる。これではまるで、動物のようだと考える余裕なんてなくて。びくびくと腹筋を震わせて直に触られるのを待ちわびる。そんな心を知っていながら、無表情の相手は優しく柔らかに、腹から離した掌で火照った頬を撫でるのだ。シャワーを浴びたばかりの温かなはずの相手の体温がいつもと変わらず冷たく感じて。感覚まで狂っているのか、とぼんやり考えた。
適温に保たれている室内に、晒された恋人の上半身。触れたくて喉が鳴れば、無口なその人は表情を崩さずにタオルを差し出す。涙や涎で汚れた顔を拭けと言うことか、と考えたところでひょいと身体を抱き上げられて、ベッドへ腰掛けた相手の膝に座らされる。相手の片腿を挟むように腰を降ろせば、それだけで甘い刺激が腰から迫り上がる。体勢を直そうと伸ばしかけた手首を掴まれれば、波打つ黒髪に誘われて。涙でぼやけた思考で相手の髪をタオルで擦る。相手の後頭部に両手を伸ばせば、傍で感じるシャンプーの香りにくらくらして腰がゆっくりと動く。ずりずりと布が擦れる音に、口から漏れる熱い息だけが部屋に響いて。その羞恥心だけで身体が破裂しそうで。
「ルッチ。」
掠れた声で、恋人を呼ぶ。何が欲しいのかもわからぬ思考で。何もかも食らいたいと願いながら。
途端に、限界近く動きを速めた腰をがっちりと押さえられて、驚くより早く頬をべろりと舐められる。熱の溜まった身体を固定されて、抵抗することも叶わず相手の好きに顔に舌が這う。腰を押さえ込む腕も、密着する腹部さえ、いつもと同じでひんやりすらしているのに、涙を舐めとるざらついた舌は別の生き物の如く熱くて。無意識に力む腰が、耳裏を舐められた瞬間に脱力して。もう、相手の髪を拭く手に力など入らなくて。ばさりと指から滑ったタオルが床に落ちる。
「ルッチ、頼むから。」
切羽詰まった鼻声で訴えても、まるでそうするようにプログラムされた機械の如く同じ動きを繰り返す恋人の表情は変わらない。喉の奥から飢えが這い上がって、今すぐにでも何かに食らいつきたくて。喉奥が震えれば、みっともなくも嗚咽が漏れる。
「怒ってんなら、謝るから。だから、もう、」
身体を支えることすら辛くて、舐められたまま相手と額を重ね、鼻先を擦り寄せる。
空腹で、満たされたくて。でも、それだけでは足りなくて。いったいこの感情は何なのだ、と考える間もなく、自然と相手の背中に腕を回して、身を寄せる。
「ルッチ、おれ、は」
掠れた声を飲み込むように唇を奪われれば、そのまま息をつけないほどに深く深くまさぐりあう。まるで、こちらが発する言葉など聞いてやるかと言うように、キスを受けた瞬間に染みの大きくなったズボンもお構いなしに、押さえ込まれた腰に相手の腿が押しつけられる。喉から発せられた声は、甘ったるい発情期の雌兎の用で。それでいて、獣の唸り声にも似ている気がした。
ぐにっと相手の脚に押され形を保てぬ柔らかな肉玉に、高い声で鳴きながらも、腰を押さえた腕を外すことができなくて。唇を奪われたまま、相手の手首を必死に掴む。無意識に反らせた背中に、覆い被さるように大きな獣の影に包まれて、だらりと注がれる唾液を飲んだ。


事の発端は、怪しいバーで出逢った男に渡された一粒の薬。賭事で拵えた借金の返済に、簡単なバイトをしてみないかという話と共に渡されたそれは、男の話では「疲れをとるビタミン剤のようなもの」で。そのレビューをこの場でするという簡単な仕事だと説明されれば、まあ、小遣い稼ぎになるのなら、と安易に考え薬を飲み込んだのが運の尽き。この平和なウォーターセブンの裏路地でおかしな薬が流行っているなんて知りもしなくて。
気づいた時には、身体の痺れが強くなって「体調が悪いから、今夜はこの辺で」と席を立とうとする腕を掴まれれば、いつのまに増えたのか、男の仲間たちに取り囲まれる。「それなら近くのホテルで休んで、薬の具合も聞かせて欲しい」と。そろそろ怪しいことに気づいたところで、口が回らないほど身体に薬が回っていて。ああ、これは困ったなと考えたところで、誰かに身体を抱かれた気がした。
「馬鹿じゃないのか」とは言わない恋人に不安になるも、こうしてそっとベッドに降ろしてくれるところをみると愛想をつかせた訳ではないようで。寝かせる前にジャケットとゴーグルをベッドサイドに置きやる様を見れば、結局は優しいんだなと安堵する。と、同時に無性に胸の奥が締め付けられる心地がして、相手のシャツをぎゅうっと握る。これも薬のせいなのだろうか。寂しいような切ないような、不思議な感覚。
男たちを伸す際に汚れたからとバスルームに向かいかけた恋人が、傍にいてくれないのが不安になって。でも、文句を言える立場でないのもわかっていて。
「これだけ、貸して、くれ。」
そう、白いシャツを握りしめ、静かに鳴いた。


深く絡まった舌に、呼吸が荒くなって。部屋の温度は上がるのに、未だ、シャツ一枚脱ぐことを許されなくて。怒っているのだろうかと見つめた瞳は笑っても、怒ってもいなくて、ただ、ぎらぎら瞬いた。
布越しに窄みに押しつけられた指先に、いつもの甘い時間を思い出せば腰が戦慄く。何度、絶頂を繰り返したか覚えていない身体には力なんて入るわけがなくて。なんでもいいから、楽になりたいと願う。ようやく解放された腰も、もう動かす体力すらなくて、それでも未だ、何かを欲しがってぐっぐっと相手の固い腿に熱を押しつける。ぐっしょりと濡れたズボンは肌に張り付いて不快で。なのに、この姿が今の自分には相応しいのだとすら思えて。
窄みをとらえた指先からくりくりと刺激を受けるたび、鼻から甘ったるい息が溢れる。脳内に浮かぶ欲まみれの言葉すら、長時間拘束された唇から発することは許されなくて。自由な手で、必死に相手の股間をまさぐった。
大の大人が。しかも、ガレーラカンパニーの船大工である自分が。まるで捕らえられた獲物の如く、震えるだけでなにもできないなんて。
銀糸を引きながら離れた唇に、ようやく酸素を胸一杯吸い込んで。頬を濡らして、野兎は囁いた。




こんな馬鹿がどこにいるんだ、と聞きたくなるような、そんな夜。
どうせ島にいるのだからと、ついでのように追加された任務は退屈な薬物がらみの捜査。巷に出回っている薬はそこまで問題ないにしても、その大元が政府に絡んでくるらしく。路地裏の怪しげなバーに向かうなら女や子どもではなくおれのような男が適任だろうと勝手に決められた配役。
まあ、さっさと乗り込んで薬を配り歩いている人物に接触後、ボスの情報を吐かせればいい。今のおれはガレーラの船大工でもあるわけで、島のヒーローが路地裏の役人をぶちのめすと言うのは世間から見ても悪くはないシナリオだろう。そう考え、張り込んでいた店に見えた影に、ほとほと呆れ溜息が漏れる。
ほろ酔い、千鳥足の金髪の男。それはまさしく、自分の潜入先の同僚で。なんて面倒な奴なのだろうと頭を抱える。
窓越しに笑う同僚と、資料と同じ入れ墨のある男。何やら手渡した、それはきっと、噂のドラッグ。
ぼんやりと頭に浮かんだ薬のデータにその名前。
巷で流行りのセックスドラッグ。使用者の感覚を奪い、その後、強烈な催淫効果を作用させる薬。依存性はなく、だからこそ、安易に手を出す若者が増えているという。その薬の名は、


「eat me.」

「ルッチ、おれを食べてくれ。」


満月に照らされたベッドの上、野獣の前で震えるラパンは、甘く甘く囁いた。








2021.12.26
鹿肉は「もみじ」、猪肉は「牡丹」、馬肉は「桜」、そして兎肉は「月夜」。





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