toy box



暗闇の怪物



荒い息遣いに、揺れる髪から落ちる滴。
気怠げな表情に心が惹かれて。
全てを許してしまいたくなる。


朦朧とした意識の中、揺れる身体に合わさる唇。ざらりとしたその感覚が恋しくて、唾液を絡めて更にと恋人の舌を追う。
深く繋がった下半身は熱過ぎて、それでいて足りないのだと自ら振れる腰に、羞恥心など既になくて。背中から覆いかぶさるように拘束された身体に、手首をシーツに縫い付ける指の先、鋭い爪が見えた気がした。


寝起き特有の甘い思考に、行為後の腰の痛みを纏って立ち上がれば、繋がっていたそこが未だに物足りなく感じて。静かに眠る美しい寝顔の恋人に何故かむっとする。
産まれたままの姿でバスルームに向かえば、シャワーを出して、少し熱い温度の湯を額から浴びる。ベッドサイドに置かれた時計が指していたのは午前3時。二度寝をしようにも、汗をかいた身体が気になって、気分転換にと降り注ぐ湯の中、髪を混ぜる。
押さえる際に爪を立てられたのか、指先にできた小さな傷に湯が染みて顔を顰めれば、
「ルッチめ。」
毒づくふりをして笑ってしまう。普段、無口で冷静な相手が小さいながらも自分に隙を見せているのだと考えれば、なんとなく優越感を感じずにはいられなくて。
そういえば、時々、恋人が猫のようだと思うのは、自分だけなのだろうか。ふらりと知らない間にどこかへ行ったり、かと思ったら自分勝手に腕を引いて我儘に振り回したり。人見知りで人嫌いなふりをして、体温を求めるように身体を重ねる愛しい姿を思い出せば、何故だかおかしくて吐息が零れる。
「猫、か。」
ぽつりと漏れた声と同時に、じくりと頭の奥が痛んだ気がして。脳裏に暗闇から響く獣のような唸り声が浮かべば、ギラギラと光る鋭い視線に生温かい吐息が肌にかかる錯覚を覚える。
ぐっと押さえ込まれた身体に、背中に当たる腹部にあるはずのない毛皮。顎を撫でるようにするすると触れる長い尾に、シーツを引き裂かんばかりの爪先。あれは、まるで、大型の肉食獣。
ぼんやりと霞んだ思考に、フラッシュバックのようにちらつく何かの影。シャワーの湯を止めようと伸ばした手の甲に、大きな何かの肉球跡。
ぶわりと背筋を走った恐怖に、数メートルの怪物の巨体を思い出せば。

ぴとりと首筋に口付けられた。

びくりと跳ねた肩に構いもせず、まだ眠いのか気怠げに寄せられた恋人の身体に、早まった鼓動がゆったりと落ち着く心地がして。何故かほっとする。きゅっと腰を抱き寄せる腕を見下ろして、何もおかしなことなんてないと息を吐いた。
「シャワーくらい浴びさせろよ。」
ありもしない妄想に怯えていたなんて、悟られるわけにはいかなくて。少し不機嫌を装って緩い力で、固い腕に触れる。
それに反応してか弱まった腕の拘束に、職人らしい節ばった指がゆっくりと前へ伸びて、竿を付け根から先端へと優しく撫でられる。
「おい、もうしないぞ。」
飽きれた口調で告げながらも、お互い仕事が休みなのは承知していて、期待しているのだと主張するように身体に熱が溜まる。
「ルッチ。」
快感を導くように這う、その指先は間違いなく人間のもので、脳裏に浮かんだ嫌な想像とはまるで違う。そう安心すればするほど、身体のガードが甘くなるのがわかれば、抵抗することが無意味に思えて。
「…ルッチ。」
名前を呼ぶ声が甘くなる。
湯気にぼやけた視界に、肩にかかる波打つ黒髪が夢の中のようで、擽ったい心地に瞳を細めた。
止めきれずに流れ続けるシャワーに溺れるように打たれながら、自ら持ち上げた太腿に晒された見られるべきではないそこは、もう待ちきれない程に疼いていて。今すぐにでも相手を受け入れたいと無意識に収縮する。
ぴとりとあてがわれた恋人の熱に、ぐうっと圧迫される体内。もう何度も押入られ広げられた筈の場所を、初めてのように差し出して。もっと愛してくれと叫ぶように、下腹部が震える。
持ち上げていた腿裏に腕を添えられて、深く貫かれたまま向き合うように腰を回される。喉奥から溢れた苦しいような、それでいて高く恋しがるような声が自分のものだと考えたくなくて、口元を隠すように相手の肩に押し付けて、首筋に腕を回して爪先で身体を支える。背中に感じるタイル壁のひんやりとした温度に、荒い吐息の熱さが際立って、泣きたくなる程、不安になる。身体はまるで獣のように身勝手で、欲望に忠実で。なのに、ドロドロと溶ける思考の中、頭の奥の芯だけが嫌に冷静で。先程の妄想に囚われる。
「ルッチ、ルッチっ!」
ぎゅうっと密着させた身体に、持ち上げられた片脚を相手の腰に絡めて、
「頼むから、そのままで、」
首筋に回していた腕を、相手の背中に下ろして力を込めて抱き締めて、必死で身体を揺する。
「そのままで、抱いてくれっ!」
ぐっと押された肩に、壁に押し付けられる背中。どんと奥を打ち抜いた刺激に頭の中が真っ白になれば、腹奥に温かな愛が満ちる。

ぼんやりとした思考で少し乱雑に抱えられれば、休む間も無くベッドの上でまた繋がって。いつものように、背中から包み込まれる。支配されているような、それでいて守られているとも取れるいつもの体位。獣達が愛を確かめる、この格好は心の奥を騒つかせる。
ぬるりと差し込まれた恋人の熱に、既に体力の残っていない身体をシーツに沈めれば、快感を求める下腹部だけを持ち上げる。それはまるで猫のようで。
「ルッチ、」
ゆっくりと抜き差しされながら、中を擦り上げられる度に開く喉奥の感覚に唇を噛み締めて、震える声で告げる。
「おれ、お前のことが、」
そんなわけないだろう、と否定して笑って欲しくて。
「ときどき、」
安心したくて堪らなくて。
「化け物に、みえるんだ。」
むくむくと質量を増す相手のものに、何故だかじくじくと痛みすら感じて。振り返ろうとした瞬間に後頭部に添えられた手の平に、ぐうっと額を枕に押し沈められる。
馬鹿にして笑うだろう筈の相手の反応が理解できなくて、首筋をねっとりと舐める舌の突起に背筋が凍る。
「ルッチ!」
強引に横に逃げた顔前にひらひらと揺れる長い尾に、枕に押し当てられた頬がひくりと痙攣して。そっと噛み付かれた首筋に尖った牙がきゅうっと食い込む。
「おい!ルッチ!」
混乱する頭で、悪い夢から起こして欲しくて、恋人の名前を呼ぶ。

「どうした?パウリー。」

聞いたことがない筈の、それでいて確かに聞き覚えのある甘い声が聞こえれば、頭部を押さえていた筈の力が緩まって。振り返った恋人の顔が、暗がりの中、ゆっくりと獣に変わる。
何か叫ぼうと開いた口元を大きな手の平で覆われて、呻くような声を漏らせば、無遠慮な動きで強制的な快楽を与えられる。
おれは確かに知っている。この感覚を、この愛を。
窒息気味に喉奥を鳴らせば、解放された唇でいつものようにキスを強請れば、にんまりと笑った怪物が口付ける。
激し過ぎる行為に、朦朧とする思考。もう、恋人からの愛以外は必要なくて、狂ったように相手を求める。このまま、このままで居たい。そう願いながら。

そっと差し出された錠剤に口付けて。
「そろそろ、この薬も終わりだな。」
そう、甘く微笑んだ恋人に身を寄せて。
とろんと眠気に意識を委ねれば、温かな唇が額に触れた瞬間に、心地よく喉を鳴らして。


愛を呑んだ。









2021.01.09
なんでもいいよ、と言わせてくれよ。






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