toy box



ラズベリーチーズケーキ



ナイフで切り分けるのではなくて、
その指先でぐしゃりと崩してほしいのです。


細い指先が首筋を掴んで、喉仏に食い込むようにぐっと形良い親指が沈む。体温を失ったように冷たい肌に、さらりと揺れる髪。腹部に乗り上げているその軽い身体には重力など、きっとかかっていやしなくて。ふわりと揺れる睫毛が透けて見てた。
喉を締め上げる両手に驚きやしなくて。なんとなく、こうなることがわかっていたようで。
「幽霊の仮装ですか?」
なんて呑気に呟く自分の声が掠れれば、その声を聞いて潤むはずの瞳は暗い濃い影に隠れて見えなくて。
ハロウィンの夜はどんな格好をしようか、と子供のようにはしゃいでいた上司を思い出せば、純白のスカートが花嫁衣装のようにも思われて。カリファは吸血鬼の仮装はどうかしら、と笑っていた長官の声が脳裏に響けば、闇の色をしたシャツに揃いのスラックスが滑稽に思えて。掻き上げたはずの前髪が束になって解ければ、血の気が引き始めた頬にかかる。
首筋を締め続ける相手の手には確かな殺意。確実に気管を捉える爪先に、ヒュッと反射で喉奥から息が漏れる。薄れ行く記憶の最中、柔らかな肌と温かな体温を思い返せば、自分にも振り返るような走馬灯があるのだなと心底可笑しくて口元を歪めた。


「殺されるなら貴女の手で。」
そう告げた薄い唇に、憐れな上司は泣きそうな顔をして。
「どうして、そんなこと、いうの?」
なんて、生まれたままの姿で問う。
ベッドの上、柔らかすぎる毛布に包まって、無防備な格好で。生を謳歌する行為の後に、静かに尋ねたその言葉に白い肩が震える。
「どうして、キスした唇で、そんなこというの?」
怯えているようなその様が愛おしくて、まるで自分の余命を告げられる直前のような、その不安げな瞳が可愛くて仕方がなくて。歪んでいるなと自分に笑う。
「さあ。どうしてでしょうね。」
甘く響いた声に、細い腕が電伝虫に伸びるのが見えれば、その手首を掴んで柔らかな身体を抱き締めた。驚いて取り落とした受話器などお構い無しに深く口付けて言葉を奪う。覆い被さるようにシーツに沈めた背中に、細い手首を繋ぎ止めるようにベッドに押し付けて。震える肩に気付かないふりをして、熱い口内をゆったりと味わえば、銀糸を引いて口付けの終わりを告げる。
大きな菫色の瞳からぽろぽろと溢れた涙に、
「どうかしました?」
そう白々しくも相手に似た言葉を返せば、解放した手首がそっと背中に回されて。
「私に内緒で、危ない任務に行くの?」
震える声が的外れな言葉を紡ぐ。
「カリファは強いから、いつも、そんなこと言わないでしょ。それに、いつだって死とは隣り合わせだって話してる。なのに、急に、私に。私に、」
「殺してほしいと言う。」
恐ろしいというように先を続けない相手に意地悪なほど冷たい声で告げる。
はっと見開いた瞳には分厚い涙の膜が張っていて、とろりとしたその体液はきっと甘いのだろうと、ぼんやり考える。
多くの死の中で生きているのにそれを理解しない愚かな女。背中にしがみついた、その指一本で島ひとつ消すことすらできるのに、このベッドの中の無能はひとりの部下の死すら想像もできやしない。
非力で、愚かで愛らしい。だから、おれは。
「冗談に決まっているでしょう?」
そっと瞳を細めれば、不自然な程に甘い視線を向ける。
「貴女に殺してほしいと告げたら、どんな反応をするのか知りたかっただけです。まあ、予想通りすぎて面白味はありませんでしたが。」
退屈げに話しながらも、慰めるように相手の頬を撫でる。
「キス、して。」
甘えたように告げるその言葉を拒絶する理由なんてなくて。それ以上に「もうそんなことはしないで」とすら言えない相手が愛おしくて。また、ゆったりと体温を重ねた。


靄掛かった意識の中、笑う口元が見える。波打った揺れる髪に、透き通るように白い細い腕。油断すればプツンと切れてしまいそうな意識に、視界がゆったりと霞む。
躊躇う事なく力んだ指先に、狭まる気管。迷う事なく急所を捉えたその行為は余りにも、死に近しくて。
「嗚呼、」
ぽつりと零れた声に、自分の思考を嗤う。
「長官は、」
喋るたびに強まる力に確信を覚えれば、
「こんな事できやしないんでしたね。」
風を斬る鋭い音に、目の前の細い首筋に鞭を巻き付ければ棘が食い込み流れる真っ赤な血を見て微笑んだ。

ぎゅっと鞭の両端を引くように締め上げれば軽い身体が脱力して、首に纏わり付いていた細い指先が必死に白い喉元を捉えた荊に伸び、生へ執着しながら暴れるも、ヒュッと何処かで聞いた呼吸音が耳に届けば呆気なく息が途絶える。
だらんと此方へ覆い被さる気味の悪い亡霊を投げ飛ばせば、身体を起こし崩れた髪を掻き上げ息を深く吐く。
俯き隠れていた歪んだ表情に恋しい人とは似つかない冴えない容姿。首筋からだらりと溢れた赤いそれは、甘ったるい薬品の香りに包まれたその部屋の中ではまるで鮮やかな果実のようで。
違法か合法かすら判断できぬ酷く強いドラッグの霧にハンカチで口許を覆えば、こんな単純な罠に嵌った自分に呆れてしまう。
部屋から出て、死体の転がる廊下を歩けば、薬の楽を象徴する香りとは対照的に、死を司るねっとりとした酸味ある香りが鼻を掠める。発酵したような独特のその香りは、まるで銀食器に囲まれ笑うチーズケーキを思わせて。
廊下の向こうに見えた仲間の背中にゆっくりと近付けば、青紫に変色し始めた首筋を隠すようにシャツの襟を直す。


今夜はベッドの上でこの首筋の跡を見て、きっと泣いて怒るのだろう可愛い人を思えば、口許が弛んで。
「最後まで気を抜くな。」
表情も変えず呟く同僚の言葉に返事もせずに並んで跳び立てば、すでに思考はあの柔らかな寝室に向かっていて。
今夜ももう一度、あの言葉を告げてやろう。もう聞きたくないとは言えない、あの愚かしい愛しい人に。おれは、貴女の手でしか消えることがないのだとわからせてやろう。そう考えて、目の前に立ち塞がる男の首を撥ねて駆ければ、瞳の奥で欲望を煌めかせて。
小型の電伝虫を通し、甘ったるい声で静かに告げる。
「帰ったら、ぜひ寝室でケーキでも。」
そう微笑んで、また踵を落とした先にある男の背骨を砕いた。


きらきらと星の瞬く美しい夜。ブルーベリー色の首飾りをお土産に、紫煙を吹かせて歩を進める。
甘ったるい寝室に漂う、女性特有のチーズケーキによく似た温かな香りと、真っ赤に染まったラズベリー色の舌先が待つ、その場所へ。









2020.11.7
貴女の指先の震えまで、最期の記憶に欲しいのです。





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