toy box



幸せの日



真っ赤なアルコールがパチパチと跳ねれば、
「今日は恋人の誕生日なんだ。」
グラスの中の氷がカランと音を立てた。


静かな恋人と共に酒を飲む。
「ほら、これ。」
ぶっきら棒な声でそっと机に出した箱には、ダークブラウンの包装紙。
細長いそれを眺め触れた指先は優しくて、それでいて表情は変わらない。いつもと同じどこか気怠げな瞳。
「開けていいぞ。」
沈黙に堪えかねて呟けば、職人らしいごつりとした指先が包装紙を止めたテープに触れる。
ビリビリと破ってしまえばいいものを、まるで大切なものみたいに扱って。なんて恥ずかしい奴だろうと笑ってやりたくとも、何故だかそうすることすらできなくて。息を飲んで、ただその先を見つめる。
開かれた深緑の箱の中には小さなサイズの木挽き鋸。
「まァ、こだわりとかあるだろうけどよ。いつもの問屋で、結構いいの選んだつもりだ。」
らしくない行動に顔から火を噴きそうで、がしがしと髪を掻き混ぜて葉巻の煙を吹かす。まっすぐ相手を見ることもせずに、渇いた喉を潤そうとソーダで割ったイチゴのリキュールをぐいっと煽れば、ことりと箱が机に置かれた音がして。
ぐっと引かれた襟ぐりにグラスを口から離せば、寄せられた熱い唇が柔らかに甘く耳元に触れる。
近付く恋人の長い睫毛にいつもの深い口付けを思い描き、ぎゅうっと瞑った瞳を静かに開けば、変わらず無表情の恋人が紙幣を机に置いて立ち上がるのが見えて。
「もう、帰るのか?」
慌てて上着を羽織り、後を追う。

連れ込まれたホテルに、ドアが閉まると同時に息が出来ない程に口内を犯されて。壁に押し付けられた背中にするすると胸元に腕が這う。角度を変える度に押し潰されては解放される鼻先に、抵抗する気のない腕で相手の背中に腕を回せば、サスペンダーを指先で撫でる。
柔らかな大鋸屑の香りに、オイルで汚れたタンクトップ。滑稽に見えてもおかしくないだろうサスペンダーは、恋人にとっては仕事に集中するために必要なもので。
床に置かれた鞄に被されたシルクハットの下には深緑のボックスが大切そうに覗いていて。なんだか心がむずむずして瞳を細めた瞬間に、柔らかに上顎に舌が這って甘い声と共に下半身がぞくぞくと震える。
扉の前で随分と溶かされてしまえば、ベッドへ行くまではあまりに簡単で。
お互いの衣服を脱がし合えば、膝に引っ掛けたままのズボンをそのままに、ゆったりと押し倒されればぐっと両腿を持ち上げられて、恥ずかしい格好のまま、恥ずかしい場所をやんわりと解かされる。
「ルッ、チ。」
やり場のない手を伸ばせば、無表情のはずの恋人が笑った気がして。そっと寄せられた唇に口付けられれば、そのまま腕を相手の肩に回す。
ぬちぬちと響く水音に、自分の息遣いが煩くて。押し込まれた二本の指に、ぐうっとゆっくり開かれたそこに熱い恋人のものが触れる。恐いような、それでいて甘く切ない気持ちが膨れ上がれば、もう何もかも全てが幸せで。
こちらの表情を確認しようと離れた唇に伸びた銀糸。いつもより、ほんの少しだけ柔らかな表情が愛おしくて堪らなくて。
そっと静かに言葉を紡いだ。


ざわざわと煩い酒場。毎年、同じように座る窓際の席。赤く甘い酒を頼めば、どんと机に置かれた酒瓶に酔っ払いらしい大柄な男。
「なんだ?ひとりか?」
真っ赤な顔に大袈裟なほど上げられた眉は、お人好しらしくて。ああ、この街らしいと息を吐く。
「えらく湿っぽい顔してんなァ、兄ちゃん。今日は何の日か知ってるか?」
男の口から漏れたアルコールの匂いを掻き消すように、
「特別な日なのか?」
リキュールを口に運び、尋ねてみる。
「幸せの日さ!4月4日はある国では幸せの日だって話だ!そりゃあ、笑って酒を飲むに限る!!」
店中に響き渡る大声に、やっと気が付いたのか連れらしき男が大柄の男の腕を引く。
「おいおい、他の客に絡むなよ。悪いね、せっかく飲んでる所、邪魔したな。」
眉を下げ告げられれば、大したことないと軽く手を振る。
「ところでアンタは一人飲みか?よかったらおれたちとどうだ?」
親指でさされた店の奥には大きなテーブルに集まる笑顔の人々。
「いや、有難いが遠慮しとく。今日は、」
ぽつりと出かかった言葉が喉に突っ掛かれば、からりと渇いて。それでもここで止めるのは不自然で。
「今日は恋人の誕生日なんだ。」
そう、笑って告げた。


知っているのだ。全て全て偽りなのだと。面接資料に書かれた生年月日も、笑顔で過ごしたあの時間も。全て。

それでも、今日は。

燃え滾る炎の中、にやりと笑った相手ではない。表情の乏しい、大切な人。
血生臭い獣ではない。ゴツゴツとした手に汗と木屑が混ざった匂いのする、仕事に真っ直ぐな愛しい人。
低く甘ったるい声で名前を呼ぶ誰ともつかない人物ではない。静かで寡黙なおれの恋人。

そんな彼と毎年祝った大切な、


幸せの日。









2020.04.04
偽りの日々の中で、あの日は確かに幸せだった。


Happy birthday to TABIさん!!






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