toy box



3秒ラブレター

(STAMPEDE設定)


死んだはずの恋人から、恋文が届いたら。


わあわあと騒がしい荒っぽい声に、海列車から島を見つめる。
アイスバーグさんから海賊万博という催しへの参加依頼がきたという話を聞かされたその晩。窓辺に届いた一枚のメッセージカード。柔らかな色の花が描かれたそのカードには、
「待っている。」
ただそれだけ書かれていて。宛名も送り主の名すらない。
それでも誰からかわかってしまうのは、きっと、嗅ぎなれた香水の匂いが染み着いているからで。
ジャケットの中、ロープに隠したその紙切れに触れれば、お尋ね者ばかりのこの島に上陸すべきか辺りを窺う。ココロさんやチムニーには列車から降りないようにと告げたばかりで、そんな言葉を吐いていながら自分はどうすべきかと考えた。
海賊達が集まる祭りだと理解して気をつけるようにと告げたアイスバーグさんの声が聞こえる気がして。それで居て、カードの送り主はきっとこの島の何処かにいるはずで。
さらりと金色の髪を撫でる海風に、ふわりと降ってきた青いアガパンサスの花。はっと見上げた鮮やかな空には着飾った白いハト。考える間もなく駆け出せば、細い路地へと導く伝書鳩を追いかける。歩きなれた水路の街に似た入り組んだ裏道、逃すものかと視線を逸らさず悠々と飛ぶ白い目印に腕を伸ばせば、曲がった先に現れた煉瓦壁の行き止まり。すっと上昇し空に消えた希望に、突き当たりの樽の上、ぽつりと置かれたアガパンサスのミニブーケ。
青と白の入り交じる小さなそれには、メッセージカードすらついていなくて。
「これ、だけ。」
小さく零れた言葉に泣きたくなって。
「これだけのために、呼んだの?」
手にした花束を胸に寄せれば、何を期待していたの?そう自分に問い掛けて瞳を閉じた。

途端、黒い陰が壁に映って。振り返るより先に首筋に触れた唇に、ぎゅうっと背中から抱き締められた身体。忘れられないあの香りに、鼓動が瞬時速くなる。
「ルッチ。」
零れた声が思った以上に震えていて、
「ルッチ。」
どうすればいいのかすら考えられなくて。離れないでと伝えるために触れた逞しい腕に、足下に落ちた花束がかさりと乾いた音を立てた。


ソファーに掛けられたジャケットは見慣れないほど真っ白で、その胸元に咲く飾り花に視線をやれば、余所見するなというように軽く掴まれた顎元に重なる唇。
すでに温め合った身体をまた重ねて、肌と肌とを密着させる。腰に回した腕に力を込めて、絶対に離してやるものかと見つめれば、鼻から零れる呆れた吐息に柔らかな視線が降ってくる。
細い肩を抱きくるんで頬に触れるふりをして外部の音すらも遮ろうとするくせに、きっとこの目の前の人は別の何かを考えていて。耳元に手のひらを伸ばせば、ぴくりと僅かに反応した肩に甘く笑って、小さく息を吐く。
「ねえ、ルッチ。」
繋がったままの身体をシーツに埋めて、細い足を腰元に絡めて。
「3秒だけ、私にちょうだい。」
ぽたりと零れた涙の意味が分からなくて、自分で自分に笑ってしまう。これじゃあ、まるで失恋しているみたい。
ふわりと見開いた瞳に、金色の宝石が自分だけを映す瞬間を見て。伸びてきた親指に涙を拭うように頬を擦られる。
「それだけで、いいのか?」
合わさった口元に、伸びてきた舌をそっと絡めれば、歯列をなぞって上顎を擽る動きに背筋に甘い快感が走る。
この時だって、今までだって。きっと私だけを見ていてくれた事なんてなかったんでしょう?そう尋ねる勇気すらなくて裏切られた怒りも言葉にできずに、あの日々を素敵な想い出に押し込めようとして。
熱い室温に、激しく傾いた世界。まるでこの世の終わりみたいな悲鳴が窓の外から聞こえれば、考えることが億劫で。ただただ蕩けるように甘いこの時間に酔ってしまいたいのだと思考を止める。
どんと低く届いた火薬音にぎらついた相手の瞳を視界に捉えれば、この時間の終わりを知って。きゅうっと下腹部に力を込めて、相手の耳元を手のひらで覆った。抵抗することなくこちらを見下ろす瞳の中に、あの日の彼を見て。

唇を離して、真っ直ぐに見つめて。

「すきよ。」

3秒、微笑んだ。




乗客に溢れかえった海列車は、激しく揺れて。地形すら変え始めた島を小さく振り返る。
これは、きっと、終わりじゃなくて。
そう考えながら、ジャケットから出したカードに火をつけて。ふわり、潮風に放った。

ただ一輪、ポケットに指した花は彼の飾り花と同じ。
青く澄んだ君子蘭。







2019.08.18
恋の季節はまた巡る。

アガパンサス(紫君子蘭)の花言葉:恋の訪れ、ラブレター、恋の季節





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