toy box



祭り太鼓と返り人

(STAMPEDE設定)


ふわりと揺れた黒髪に、大きな手のひら。
ぐっと抱き寄せられた腰元に、抵抗しようと丸めた拳に力が入らなくて。
甘く囁かれた名に背筋に走った感覚は、恐怖なのか、期待なのか。それすら判断できなくて。


どんと響く地響きに、外から聞こえる大きな歓声。
海賊達が集まるこの島に赴くことになったのも、この祭りの首謀者からのコンタクトがあったからで。海列車の運営について悩むアイスバーグさんに海賊相手ならなれているから、なんて依頼を受けるように薦めたのは自分で。観光目的について行きたいとせがむ子供に、おれたちも行くぞとついてきた数名の船大工たち。仕方ないなと頭を掻いて、紫煙を漏らし笑った自分はきっと先に何が待ち構えているかなんて考えていなくて。
騒がしい笑い声に、礼儀のない言動。それで居て駅から離れさえしなければ列車運営者に危険がないことを確認して、子守をタイルストン達に任せれば、ひとりふらりとついたばかりの活気ある島に足を降ろした。
露出の多い女達に、下品な笑い声を上げる大柄な男達。賭博に沸く酒場に、路地で頻発する喧嘩の数々。荒っぽい空気を感じながらも、何故かこの感覚が懐かしくて。瞳を細め、ほっと一息煙を吐いた。
映像電伝虫から流された開会式中継には何処かで見たような海賊旗がずらりと並んで、その画面に向かって野次が飛び交う飲食エリア。人を掻き分け酒を得れば、栓をあけた瓶に口をつけて乾いた喉を潤した。どうにか空席を見つけ腰掛ければ、どんと深くテーブルが揺れて。
「へェ、あんたも海賊か?」
柄の悪い相席者がにんまりと笑う。
「悪いが、おれは船大工だ。お前等が欲しがるような金目のものは持ってねェ。」
ざわざわと揺れる音の群に紛れた会話など、きっと誰も気にはとめなくて。
「だろうな。おれが目を付けたのはそこじゃねェ。」
はっと振り返った時には、目の前の男と同じ髑髏を掲げた数人の男達。ジャケットの縄に触れようとした指先より早く、押さえ込まれた両腕に口元を圧迫するがさついた手のひら。
「体力が有り余ってるようだし、顔も悪くない。まァ、締まりがよけりゃあ何でもいいしな。」
がたりと揺れた椅子に足をバタつかせようとも、周りの海賊達は中継画面に夢中で。
「宿に運ぶ前に、静かにさせちまおうぜ。」
なんて人通りの少ない路地に視線をやる男の声にどうしたものかと考えるより先に、目の前の男がテーブルへめり込んで。耳元近くで酒瓶が風を切る音が聞こえれば、ふわりと浮いた身体に嗅ぎなれたいつかの匂い。
遠く背中に聞こえるどよめきもすぐにやめば、伸された男達を放り投げその席に腰掛ける海賊達。まるで何もなかったかのように進む時間。そうだ、この島は無法。ルールも規則もありはしない。だからこそ、忘れてはいけなかったのに、この予想外の男の存在を。
「・・・ルッチ。」
小さく漏れた声に、にやりと笑った口元。
自分勝手なこの男を殴ってやりたくて、自分を支えるこの腕を振り払ってしまいたくて。なのに、この歪んだ空間では何ひとつ考えることが億劫で。
瞳を閉じて、久しい体温に身を寄せた。


揺れる地響きに、震える窓硝子。
遠くから聞こえる悲鳴とどよめきに上げようとした顔を枕に沈められれば、また深いところに熱が押し込められて。
「まだ終わっていないだろう。」
ぐうっと引き寄せられた腰に、密着したそこが水音を立てる。
床に投げ捨てられた電伝虫から絶えず鳴り響く呼び出し音すら、どちらのことを呼んでいるのか判断できなくて。がんがんと揺れる脳に、既に吐き出すものすらなくなった自身の欲。
「ルッチ、」
掠れた声で囁いて、きゅうっと逃がさないように相手を締め付ければ、背中を覆うように密着した肌に泣きたくなって目元を濡れたシーツに押しつけた。押さえ込まれた手首に、無意識に黒く尖った爪先がベッドに食い込んで、質量を増した欲望が見せたくない本心を強引に開いていく感覚に喉の奥から声が溢れる。首筋にかかる荒っぽい吐息に、いつかの夜の獣が脳裏に浮かべば自分の頭部なんて簡単に噛み千切ることができるんだろうと考えて、背筋がぞくりと震えれば、
「恐いか?」
そう尋ねる声の深さに首筋を這うザラついた舌の熱さに、どぷりと濁りの少ない情を吐いた。
ふわりと離れた身体に寂しさと不安を含んだ瞳を向けかけたところで、がっちりと掴まれた腰元に繋がったまま身体を回されれば、目の前のその人は昔と変わらぬ無表情の中に優しげな雰囲気を称えていて。
「恐いか、パウリー。」
なんて、あの頃と同じ瞳を向ける。
「お前は!」
両頬を包むように支えて、額をぶつけてやろうと狙いを定めたところで。もう、そんな体力など残っていなくて。
こてんと額を重ねて、
「お前は、そんな声で、話さねェだろ。」
力なく唇を合わせた。

横隔膜が震えれば声を押さえることすらできなくて、外の騒音を掻き消すように繰り返し鳴く。
どろどろに溶けたそこは、境目すら曖昧で。起こすように抱き寄せられた身体は柔らかくふやけて、ぴとりと相手の肩に頬を押し当てる。
揺れる世界に霞む世界。
まるで祭り太鼓のように響く大砲の音に、いつの日かの地獄を思い出して。ぎゅうっとしがみついた腕に力が籠もる。
無言で撫でられた髪に、柔らかに耳元に寄せられる唇。弾ける軽い発砲音に外の怒鳴り声が、懐かしい歓声と交差して。昼間に上がった色とりどりの花火を思い出す。
「ここからだ。」
そう笑ってできたばかりの船を見上げたのは、一体何年前だっただろう。あの時に肩を抱き寄せたのは、確か無口な変わり者の恋人で。
「これから、もっと忙しくなるぞ!」
にっと笑いかければ、仕方がないなと微笑んだ口元が恋しくて。溢れた涙に視界が澱めば、現実と想い出の境がぼんやりとして。

目の前に居るはずのない、その人に抱きついて。
「お前が、すきだったんだ。」
ぽつり、呟いた。



電伝虫をとれば、用件だけを告げて立ち上がる。
既に地形の変わった島を歩けば、人で溢れた駅に発車寸前の海列車。
気絶したように眠るその人の後頭部を手のひらで支えれば、音もなく地面を蹴って列車の運転車両にそっと柔らかな体温を降ろす。乗客確認の為かはたまた車両点検か、無人のその車両は激しい風に酷く揺れて。
「お前は、昔から嘘が下手だな。」
そっと囁いて額に口付けて、背を向ける。

島の中央から響く祭り太鼓に、空気を震わせる唸り声。鼻先を掠める血の香りに、ぶわりと毛が逆立つ心地がして。

「今だって、」

ふっと笑みを零せば別れの挨拶も告げず、静かにひとり囁いた。


「お前は、おれをすきだろう。」









2019.08.18
そうでなければ許さない。






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