toy box



Deceiving a gambler

(GOLD後のお話)


任務報告のために向かった部屋のドアを開いてみれば、目の前に広がるのは眩い光を放つ浴室に、大きなバスタブ。その中央で身に何も着けず無防備に寛ぐカジノ王が見えて、とっさに手のひらで顔を隠すも、響くクスクスと軽い取り巻きの笑い声。
「あとに、しましょうか?」
火照った頬に困ったように後退れば、水面の揺れに合わせギラギラと瞬く湯に、くらくらする程の妖艶な香り。
「君も一緒にどうだ?」
そう美しい女達を抱き寄せ、手招きする余裕ある笑み。

嗚呼、こういうものが、きっと。


シャワー後の濡れた髪で、大きなソファーに腰掛ける。テーブルに置いたシャンパングラスに注がれた煌めくそれを眺めれば、電伝虫で伝えた用件については一言も尋ねない唇に、するりと伸びてきた指先がそっと大振りのピアスを纏った耳元に触れて。
びくりと震えた肩を見て弧を描いた口元が、揺れるアルコールをそっと勧める。軽やかに響いたグラスを合わせる音に、湯水の如く喉を流れる澄んだ黄金。
「ふたりきり、だな。」
仕事で話す口調とは違う低い呟きに指先が震えて、ほんの少しだけ口をつけたシャンパンが全身に駆け巡って身体を熱らせて。
すっと手元から取り上げられたグラスに、気付けばソファーに押し倒されて見上げた瞳から視線を逸らす。
「抵抗しないと同意した事になりますよ。」
するすると撫で上げられる腿に、既に履いていたブーツは床に転がって。
「その、今日は、」
睫毛を揺らしそっと肩口を両手で押したところで、大きな影はビクともしなくて。
「部屋にきたことが同意の意思表示かと考えたんだが、思い違いかな。」
タイトスカートのチャックがゆっくりと下ろされて、緩んだウエストにシャツが弛めば、脇腹に手のひらが添えられて。
「やめてもいいですよ。貴女の嫌がる事はしません。」
柔らかな笑みに、温かみのある優しい声。嗚呼、こういう表情が人を惑わせるのか、そう考えながらも後戻りなんてできやしなくて。
「御一緒、します。朝まで。」
小さな声で呟いて、満足げに笑った口元に自らそっと唇を寄せた。

「お水、を。」
しっとりとした肌に、荒くなった呼吸。
抵抗と呼べないほどに弱い力でとんとんと肩を叩いて甘えた声で呟けば、水差しの置かれた離れたテーブルに視線をやる。
「そのあと、続きを。」
前髪を掻き上げて立ち上がる相手を見つめれば、ようやくこの時が、と耳元に触れて吐息をつく。高鳴る鼓動に震える指先で細工されたピアスに触れて、開いたそこから小さな錠剤を取り出せば、ゆったりと身体を起こしかけて。ぴたりと合った視線に手首をぐっと掴まれ引かれれば、小さな薬がほろり指先から零れ落ちて、ころんと静かな音を立てる。
起こされた身体にかかる大きな影が、足元に落ちた錠剤を摘み上げて柔らかに微笑めば、
「これは?」
溶けるような優しい声が降ってきて。
「その、」
まごついた言葉に、差し出された水の入ったグラス。
持病の薬だなんて伝えたところで、掘り下げられてしまえば上手く答えられる自信がなくて。ラムネ菓子なんていう嘘が通じるとも思えなくて。
瞳を揺らしながらも、向けられた硝子に手を伸ばして受け取れば、さらりと撫でられた髪に細まった瞳。
「別に答えなくても構いませんよ。」
はっと期待に視線を上げれば、ぽちゃんと目の前で水面に落とされた白い粒。
「さぁ、どうぞ。」
さらさらと溶ける錠剤に、潤む視界。

「さっき、水が飲みたいと言っていましたよね。」


乱れた衣服に首筋についたキスマーク。押さえ込まれた手首がシーツに押し付けられてしまえば、体を起こす事すら出来なくて。
「効果は軽い痺れと興奮、か。」
ぼんやりとした暗さの部屋に、とろりと甘ったるい香りを纏った空気。その中できらきらと瞬く柔らかな髪に、ぎらりと光る瞳。
どうにか相手の身体を退けようと肩を揺らすも、また寄せられた唇で鎖骨にそっと吸い付かれる。
「ほら、またひとつ増えましたよ。」
細まった瞳は余裕で、少し退屈しているようにすら見えて。耳飾りと共にゴミ箱に落とされた小型の電伝虫はもう記憶の遠くに薄れていて。
申し訳程度に腰に引っかかったスカートに、腕に残ったシャツ。それ以外、自分を包むものは逃げ場なく覆い被さる相手の体温しかなくて。
「おねが、い…もう、」
呟きかけた言葉を遮る様に、ずんと押し込まれた熱にビクビクと腰は震えて。きゅうっと収縮する甘いそこに、圧迫感が増す相手の情。
「よく聞こえなかったな。」
意地悪く告げられた言葉にぐうっと太腿を開かれて、
「もう一回。」
そう囁かれて、言葉を伝えようと息を吸えば、また動き出す欲望。
「おね、が…い…」
震える唇で囁いて睫毛を揺らせば、最後まで伝える前に肉を打つ音が激しくなって、
「それは、激しくして欲しいというお強請り?」
ちかちかと点滅する世界に潤んだ視界の中、甘ったるく笑う相手の瞳に腕を伸ばした。

「カリファ。」

ぽろぽろと溢れた涙に、眼鏡越しの菫色の瞳が艶めいて、
「本当にどうしようもないですね、貴女は。」
金色の髪がさらりと揺れれば、優しく抱き締められる。
繋がったままの身体を労わるようにこてんと額を合わせられれば、先程まで他人のようだった相手がみるみるうちに恋人に戻る。
「貴女が望んだから演じたのに。」

事の発端はグラン・テゾーロでの任務。煌めく黄金に囲まれ、無防備な裸体を晒す新世界の怪物。彼がのし上がったのはきっと、力と金だけでは無いような気がして。
艶めかしい取り巻きに、反論を許さぬ物言い。人を騙す事に長けたその様が何故か自分には全く持ち合わせていないもののように思われて。
「あのね、カリファ、」
電伝虫の受話器を握り締めれば、小さな声でぽつりと呟く。
「手伝って欲しいことが、あるの。」

そっと柔らかなタオルケットで包まれて、子供にするように背中をとんとんと叩かれれば、首筋に頬を押し付けて。
「結局、色仕掛けなんか無理なんですよ。貴女は。」
どこか飽きれたように溢れた言葉の、いつもの温かさにほっとする。
「貴女の負けです。」
何故か幸せそうに告げる相手の声に気付かないふりをして、背中に腕を回し身体を寄せれば、
「これが演習でなく、実際の任務なら失敗ですよ。」
言葉とは裏腹に甘色の髪を撫で梳く指先は優しくて。
「そんなこと、ない。」
小さな声で反論する。

静かに離した身体に、雫を乗せた睫毛が煌めけば、
「そんなこと、有り得ない。」
真っ直ぐに視線を交わすアメジストがどちらともなく瞬いた。

「根拠なんて、ないくせに。」
ふわりと笑った唇に口付けられて。

ほらね、と小さく心で呟く。

こうして抱き締めて、私の思い通りに髪を撫でてくれるのだから、きっと。
誰にも頼めない秘密の演習に溜息をつきながらも付き合ってくれる貴方なら、絶対に。


危険を目の前にした私を、ひとりぼっちにしないのだから。









2019.08.12
ふたりなら、必ず私の勝ちよ。




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