toy box



溶けた体温。

(海賊万博後のお話)


「また危ない事、したんだって?」

窓辺に揺れた影に瞳を見開けば、頬にできた擦り傷が急にズキズキと痛み出して。
まるでずっとそこに居たかのような鏡に映る相手に、風呂上がりの体温で、
「そうするしか、なかったの。」
静かに囁いた。
視線を逸らすのは逃げのような気がして、まっすぐ見据えたその先の色硝子から覗く瞳に吐息をつけば、そっと立ち上がって近付いて、愛しい影に手を伸ばす。
こちらが触れる前にそっと頬を撫でた指先は少しかさついて、冷たくて。夏の夜には不釣り合い。
「海賊だらけの場所で、」
するりと頬から首筋へ滑り落ちる手のひらに、
「ひとりきりで残って、」
真っ直ぐに自分を映す深い色の瞳。
「撤収命令が出てたらしいじゃない。」
飽きれたというように唇から零れた溜息に、それでいてするりと顎を軽く掴んだ指先の動きは柔らかで。ぽたり、濡れた髪から落ちた水滴が冷たい肌に触れてころんと床に落ちた。

夜の空気に小さく鳴く虫の声に、ちらちら瞬く星屑。
睫毛を揺らし瞳を閉じれば、どちらともなく唇を合わせて。
溶ける舌先を追うように、そっと絡めた。

「単独行動についての話ですが。」
ぽたぽたと落ちた雫は、髪から零れたものなのか、夏夜の暑さから肌を滑る汗なのかなんて、もうどうでもよくて。
繋がったままのそこに、下腹部がぼんやりと熱を持てば、対照的にじわじわと甘い冷たさが満ちてきて。柔らかな黒髪に指を絡めるように枕に手をついた。
俯くように見下ろした愛しい人に、そっと伸びてきた長い指が胸に触れれば、ふにりと形を変えたそこに、
「うん。」
小さく返ってくる相槌すら、身体を包み込むようで。
「きちんと考えて、行動しました。」
ぽつりと呟いて、表情を悟られないようにと相手の肩に目元を押し付けた。
ぽんと大きな手のひらが後頭部に添えられるのがわかれば、
「考えてって?」
小さく甘く尋ねられた言葉に、するすると背中を滑る手のひら。しっとりとしたそこに触れた大きな手は溶けてしまいそうで。それでいて、確かにそこにあって。
ぐっと引き寄せられた腰に、下腹部の奥へと進む彼の熱。
「…もしも、おれなら同じように行動するだろう、とか?」
ゆったりと確認するように告げられた言葉に、ふわりと少しだけ離した胸元。近い距離で見つめ合って、鼻先を重ねれば、冷たい吐息が唇に触れて。
「いいえ。」
小さく囁いて、ほんの少しだけ嘘を混ぜて。
意地悪に笑おうとして、ぽたり雫が落ちた。

「こうしたら、貴方が会いにくるだろうって。」

驚いたように見開いた瞳が細まって。背中を這っていた手のひらが優しく純白の髪を撫でて、さらさらと瞬く光の中、唇が合わさった。
ぽろぽろ溢れる涙に、かさついた指先が静かに触れれば、シーツの上にたくさんの硝子玉が転がって。
呼べばいつでも会いにくる、なんて優しい嘘、つかせたくはなくて。柔らかな舌を甘噛んで、相手の声を拘束する。

あの瞬間、考えていたのは自分の背負った「正義」で。そのことで頭がいっぱいで。邪念なんて、1ミリもありはしなかったのに。ほんの少しでもこの愛しい人を繋ぎ止めたくて、今この時、この人だけを感じていたくて。

きゅうっと下腹部に力がこもれば、唇を重ねたままゆっくりと身体が起こされて。そのまま、ゆったりと背中をシーツに沈められれば、覆い被さるように大きな影に隠されて。首筋に回していた手首を取られて指を絡められれば、顔横でそっと握り返す。優しく揺れる瞳に、角度を変え合わさった唇。ゆったりとした動きで愛を確かめる甘い刺激がふたりを繋ぐ。
ひんやりと冷たい体温に、それを溶かしてしまいそうなほど熱い愛。泣きたくなるほど愛おしくて、怖いほどに幸せで。

「全部、わかってるよ。」

ふわりと離れた口元に、耳元を擽る低く柔らかな声。
よしよしと子供をあやす様に撫でられた髪に、ずるい人だと瞳を閉じる。
自分の正義に真っ直ぐで他のことを考えている暇なんてなかったことも、愛しい貴方を繋ぎ止めようと嘘の言葉を零したことも、どれほどの強い想いで愛しているのかということも。本当に全て、わかっているかどうかすら教えてくれはしないのに。

「スモーカー。」
そう名前を呼ばれて、あの瞳に見つめられてしまえば、もうそんなことどうでもよくて。

「クザン、さん。」
甘い声で囁いて、ふたりで夜の空気に溶けた。









2019.08.11
全部含めて、君が好き。





Back



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -