toy box



カラーレススピネル



暗くなった空にカーテンを閉めれば、ぼんやりと手配書を眺める想い人にコーヒーを煎れる。
ことりと置かれたマグカップに
「お土産。」
そう差し出された飾りけのない小さな紙袋に眉を上げれば、
「食べ物の方がよかった?」
気怠げな声に溜息を吐いた。
温泉街で有名な島への数日間の出張。海賊の増加に伴った簡単な視察。
「別に貴方でなくともよかったんじゃないですか?」
安っぽい袋を握りしめれば、ふわりと上がった視線をまっすぐ見据えて。
「大将がわざわざ足を運ぶ必要はなかったように思うんですが。」
自室のテーブルに積まれたホワイトデーのお返しに、部屋に溢れる花束を浮かべ呟いてみたものの、優しく笑った愛しい人の瞳にどきりとして、数日前のごたごたを忘れてしまいそうになる。
普段、贈り物を受け取らない自分が悪いのか、小さなお菓子の御礼との理由を付けて押しつけられるプレゼントは一方的なものばかり。仕事中にも関わらず手渡されるそれは煩わしくて、そのくせ拒絶し受け取らないわけにもいかなくて。溜息を繰り返した数日間。別にこの目の前の上司が居たところで、何が変わったということもないけれど。それでも、想いを寄せるこの人に「貴方は何もくれないんですね」なんて笑って、嫌みのふりをして話しかけることができただろうに。
無意識に噛みしめた唇に
「へェ。」
低く温かな声が耳に届けば、椅子から立ち上がった音が響いて。そっと視線を落としてみれば、煌めく髪がほろりと落ちて、近付いた影に肩が揺れた。
「寂しかったの?」
なんて、表情を隠すように揺れた純白のカーテンを耳に掛ける指先が冷たくて。
高鳴る鼓動に、どんな顔をするのが正解がわからなくて。ノーと答えれば嘘になり、イエスと答えるのはあまりに自分勝手に思われる質問。狡い人だと考えながらも、こうして傍で感じる吐息が恋しくて、このまま、抱き締めてくれればどれだけ満たされるのだろうと考えて。
「それ、買うために行ったのに。」
そうへらりと笑った口元に、空気が溶けて。ふるりと睫毛を揺らせば、
「まァ、温泉に入りたかったのもあるけど。」
そっと撫でられた髪にくすりと笑い返して。
「仕事してください。」
呆れたふりをして呟いた。


部屋に戻るまで手から離すことのできなかった紙袋を胸に椅子に腰掛ければ、小さなそれをランプに透かす。
弱い明かりではシルエットさえぼんやりしたそれはきっと、温泉街で購入したのだろうチープなキーホルダーか何か。彼のことだから、きっと「大人気」なんてポップに惹かれて子供っぽいデザインのものを選んだんだろうなんて考えれば、それだけで微笑ましくて。しゃらりと小さく鳴るその紙袋のテープをそっと外した。

「おはようございます。」
普段と変わらぬ表情に
「ん、おはよ。」
そう返す声も変わらず眠たげ。
「お土産、ありがとうございました。昨晩は御礼も伝えていなかったので。」
デスクに頬杖をついて書類に目を通していたその視線がこちらに向けば、唇は幸せそうに弧を描いて。
「人気って書いてたの選んだんだけど、気に入ったみたいでよかった。」
さらりと朝日に煌めく髪に、大きく開いた無防備な胸元には、彼を思わせる氷のようなカラーレススピネル。

安っぽいお土産袋から溢れ出たそれは、繊細なチェーンに通った一粒の宝石。悪びれることなく、ただただ自然に瞬く澄んだ透明のスピネル。
手のひらで煌くそれに、冷たく美しい氷を想って。そっと握れば、泣きそうになって。
レースの透かしが入ったメッセージカードに、唯一、自分に向けられた言葉を見て。瞳を細めた。

ふわりと自然に溢れた笑顔に唇が弛まれば、デスクに置いた煎れたばかりのコーヒーが、ほわりと湯気を立てて。ふたりの距離が近くなる。

ホワイトデー当日、向けられた無数の好意はきっと尊いもので、それに添えられた御礼の言葉もきっと素敵なもの。
なのに、それ以上に欲しくて堪らなかった言葉に、甘く温かな蕩けるような愛をくれるのは、いつも目の前のこの人で。
安っぽい袋の中、丁寧に包まれたネックレスに添えられた小さなカード。

「遅くなったけど、」
そう囁いた愛しい人の瞳を見つめて、睫毛を潤ませれば。


「生まれてきてくれて、ありがとう。」


カードに書かれた言葉が、ふわり空気に溶けた。









2019.03.16
誕生日のことなんて、きっと、知っているのは貴方だけ。

3月14日の誕生石:カラーレススピネル






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