toy box



シンデレラと笑う月



時計の針が真上で重なれば、魔法が解けて。
遠い教会の鐘の音に睫毛が揺れた。


ぼんやりとベランダから星空を見上げても、待ち人の影は見えやしなくて。
テーブルの上には数え切れないほどのプレゼントに鮮やかな花束。1年に1度きりの特別な夜、パーティーを提案されたって、招待したい相手が任務中ではそんな気も起きなくて。心配げな父を想って週末にと小さく笑った。
鞭に滴る真っ赤な血がしなやかに広がり舞う、あの美しい様を思い浮かべて。まるで薔薇色のドレスの裾が揺れるようではないかと考えれば、シャンパンを揺らし微笑むだけの食事会なんかよりよっぽど華やかな舞踏会のようだと思われて。くるりと軽やかに回転する身体に、不安定な足場を駆けるステップはリズムに乗って、クラシカルな旋律に合わせればそれだけできっと美しくて。手を引かれ踊りたいと夢を見る。
シャワーを浴びて、せめて眠りにつく前に相手の姿を一目見たいと願いながら、ベランダの手摺りに頬杖をつけば、電伝虫を見つめ受話器をそっと撫でる。さらりと掻き上げた金色の髪に、柔らかな菫色の瞳が恋しくて。それでいて、だからこそ彼の仕事を邪魔する気になれなくて。
また、細く笑った月を見上げれば、
「流れ星でも?」
そう聞こえた声にはっと振り返れば、信じられないと見開いた視線の先、会いたくて堪らなかった愛しい人に泣きたくなって。
「カリファ。」
唇から零れた声に、冷えた肩は期待に震えた。
「長官はおれのことを梟か何かと勘違いしていませんか?待つのはいつも真夜中の窓辺。」
静かに向けられた腕を握りしめる間もなく引き寄せられて、返事を待つことなく口付けられれば、それだけで幸せで仕方がなくて。未だ火薬の匂いが残るスーツに腕を回した。

そっと降ろされたベッドに、離れることを拒むように絡めた足。
「今夜はやけに甘えますね。」
誕生日だということを知っていて。だからこそ、この夜を楽しみにしていることを理解していて。そう告げる意地悪な口元さえ恋しくて、自分のものだと叫び抱き込んでしまいたい。
「だって、お誕生日の夜だけは、私の言うことを聞いてくれるから。」
いつからか続く不思議な時間。普段は冷たく、優しくもない想い人が、この夜だけは魔法にかかったように甘ったるく私の言いなり。
「だから、キス、して。」
脈絡もなく囁けば、からかうように笑って頬に触れた体温。
「何処にどのように、の指定はないんですね?」
そう覗いた瞳はきらきら瞬いて、下腹部がきゅうっと切なく歌う。

部屋の時計を全て外して。今夜を終わらせないようにと、腕時計さえ鍵付きの宝石箱に仕舞い込む。真夜中0時に鳴り響く鐘の音に怯え、金糸を撫で梳くふりをしながら柘榴色のピアス瞬く耳元をそっと押さえて、熱を分け合う。
「カリファ。」
柔らかに溢れた大粒の涙に、
「どうかしましたか?」
ふわりと指を絡めるように両の手のひらが包まれて、シーツに沈められれば。目尻に触れた唇が溢れた雫を愛おしげに吸い拭う。
「あのね、カリファ、私」
呟きかけたその瞬間、遠くで響いた鐘の音に、
「時間ですね。」
名残もなく、すっと離れた身体。
引き止めたくて。でも、すぐには動けなくて。
弱い力で握った手首に、ぽろぽろ落ちた涙は硝子の靴より透明で。
「今度は、私がカリファの言う事を、聞くから。だから、帰らないで。」
薄暗い空気にくすりと笑った吐息が溶ければ、それだけで部屋の温度がぐんと下がった気がして。
「なら、机の上の贈り物を全てゴミ箱へ。」
こくこくと黙って頷けば、柔らかに髪を撫でる指先に、細まった瞳はレンズ越しにも夢のように優雅で上品。
「あと、忘れていましたが、」
夜空を映した大きな瞳に映ったのは、星を纏った金色の髪と。

「お誕生日おめでとうございます、長官。」


弧を描いた白い月だけ。








2019.03.11
全てを奪う貴方だけ、私の傍にあればいい。





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