toy box



Baby dynamite


きらきらと眩しいシャンデリアに、柔らかな朱色のチェア。オールレースのブラックドレスに、さらりと長い髪が揺れる。


珍しく誘われた高級ホテルでのディナーデート。普段は軽い食事ばかりで済ませているせいか、仕事以外でこんな場所で食事するのは、なぜだか場違いな気がして。わざわざ用意したレースの美しいスリット入りのスカートに、いつもならきちりと纏めた髪をふわりと解かせば、真っ赤な唇を尖らせる。
運ばれてきた前菜は上品で物足りなくて。だからといって不満はない。ホタテのカルパッチョを彩るように十字に配置されたそれは、なんだか自分たちのシンボルマークを思わせて、ナイフも使わず口に運ぶ。
不満の一因は、可愛い可愛い年下の恋人。いきなり、こんなレストランに誘っておきながら、何の理由も話さない。その上、ドレスに合わせて着せた真っ黒のスーツにわざわざ愛用のキャップを被って。自分が用意した完璧なはずのコーディネートに、わざわざ足された、そのちぐはぐのはずの帽子が、あまりにきちりと似合っているせいで、尚更、秘密主義の彼に腹がたって、可愛い眉間に皺が寄る。
シャンパングラスの縁を指先で撫でれば頬杖をついて、もぐもぐと咀嚼する頬を眺める。ああ、憎ったらしいほどに愛らしいこの人をどうしてくれようか、なんて。鮮麗された相手の服装に安っぽくさえ思われ始めたドレスに視線を落とす。
夜のデートだと聞かされたからと、さらりとしたシルエットを意識しすぎたのが悪かったか、と溜息を吐けば、相手の好みに合わせたリボンピアスを指先でいじる。
「食べんのか?」
と、手が止まったことにきょとんと丸められた瞳が癪で、相手の皿の中央の貝柱を奪って口に含めば、
「うまいじゃろ?」
なんて、慌てることなくニッと誇らしげに笑う様に負けた気がして。
「あんたのお金で食べる料理なら、何でもおいしい。」
かわいげなく、呟いた。

きらきらと瞬く硝子いっぱいの夜景に、グラスに反射した自分の瞳さえ眩しくて溜息が漏れる。
メインが運ばれる頃にはようやく解れた心に雑談が弾むも、なぜだか店内の音楽が一気に上がって、辺りが急にざわつき始める。優雅なクラシック音楽が煩いほどに響く異様な空間にかたりと席を立つ恋人の瞳はきんと冷たい。
「予定より少し早いが、長官情報じゃしな。」
静かな呟きにはっと視線を上げ、相手の変容に何かを察すれば、
「カク?」
甘ったるい笑顔に、ふわりと髪を撫でられて、
「ダンスタイムじゃ。」
と頬に手を添えられる。
「任務ならはじめに、」
眉間に皺を寄せ文句を言い終わるより先に、激しい銃声にぞろぞろと扉から溢れる覆面の男たち。
メインディッシュをひっくり返して丸テーブルを盾にすれば激しい爆発音に、線状に残る銃跡。ぎゃあぎゃあと煩い客を無視して、ふたり同時に立ち上がれば、合図もなしに駆け出した。キャップを深く被った彼の表情は見えないけれど、きっと口元は笑っていて。
「正直者め。」
とつられて此方まで口元が緩む。
幼い頃から正義のために鍛え上げられた身体と精神は、子供心に与えられた甘い褒美と優しい誉めに狂っていて。いつしか、その快感が殺しに直結して身体が血を求めて疼く。
奥の席でやけに周りを押しのけ自らを主張する存在を確認すれば、視界の端に不格好なカプセル状のマスクを捉える。
「面倒なの引き受けて!」
愚痴を零しながら目の前を塞ぐ男の顎を蹴り上げれば、その後ろから飛んでくる銃弾を避けて勢いのままに当人の頬を掴めばそこを支点に回転するように身体を浮かせ、着地する反動を利用して男の身体を壁へと投げ飛ばす。
カウンターに向かいできた道を駆け、クロークを漁れば、
「ジャブラ!」
予想したとおりの声が聞こえて、目の前の紳士用傘を二本掴んで投げつける。
「これでどうにかして!」
敵を蹴りつけながら受けた黒いそれを呆れたように見つめた瞳に、
「わしは傘使いではないんじゃが。」
告げながらも金属の先で背後から近付く敵を突き倒す様が、心を掴んで。
「まあ、いいか。」
さらりと飛び上がった影に、ひらひらと敵の上を移動し傘を巧みに男たちを伸す恋人が大きな瞳にくっきりと映る。
愛しい人に満たされた思考に、隙も与えてくれないらしい男たちがクロークにまでやってきて。懲りないな、と溜息が漏れる。勝つ見込みもないのになんて哀れなんだろう、と。狭い室内で振り回されたナイフにかすったドレスの長い裾が解れを見せれば、
「ねェ、このまま一緒に逃げちゃわない?」
なんて、ぱっちり睫毛を揺らしてレースを掴んでするすると白い脚を晒す。ぞろぞろと増える男達にゆっくりと後ずさり、
「本当は戦うの、嫌いだし。」
ちらりと部屋の外の重要人を確認しながら器用にスリットに合わせ腰位置で裾を結べば、余った生地でふわりと膨らんだ腰回りに、クロークの中のプレゼント包装から拝借した黒リボンで髪を無造作に纏め上げる。
「な、わけないんだけど。」
艶めいた唇でにっこり笑えば、鋭く伸びた爪で太い首を掻き切って。部屋の隅、大きな袋からいつもの恋人の匂いを感じ取れば、さらりとそれに手をかける。
「カク。」
と小さな甘い声で名前を呼んで、瞬時その場を離れれば、ぎらぎらとした視線に軋む床。耳に煩い悲鳴に、すんと壁ごと切られた男たちの腰には見事な太刀傷。
「わしの女に寄ってたかって。」
割れた皿を踏みながらも近付く冷めた声に、ばさりと落とされた黒い傘。伸ばされた腕を見て袋ごと長ドスを差し出せば、ぐんと引かれた腕に唇を奪われて。ねっとりと舌が伸びてくる。抱き寄せられた腰に、優しく頬を包む手の平が余りに温かで、ここがどこかなんて忘れてしまいそうで。
離れた唇に、相手の瞳を見つめて理由を問おうと小首を傾げれば、
「あそこは荷物を置く場所だと思ったんじゃが、化粧室でもあったんじゃな。」
なんて、愛おしげにとろけた視線が降ってきて、甘ったるい声が耳を満たす。
「さっきより、可愛くなっとる。」
捲くし上げたスカートはパニエ入りのドレスのようで、アップにされた項は白く美しい。なんて、誉めるのが下手な相手は口にはしないけれど、瞳の煌めきに全てが透けて見えて。

途端、響いた喚きにはっとすれば、音もなく抜かれたドスに鮮やかな血飛沫。それに合わせるようにさらりと抜き広げたテーブルクロスで天竜人を汚れから守る。
最後の足掻きとばかりにつっこんできた数人の大男に、恋人に視線をやればニヤリと歪む口元に
「7:3じゃな。」
なんて、生意気な声。
「それ、カクが後者?」
くつりと笑って、爪に舌を伸ばせば手首を掴まれ、
「まさか。」
と、また口付けられる。
「わしが勝ったら、ホテルで一晩。」
「なら、負けたらお預け?」
恋人の蹴りにがつんと膝を崩した男の腹を蹴り飛ばせば、身体を寄せ合い視線を絡める。
「まァ、負けんが。」
そう呟く声に、何故か力がこもっているのがわかって。仕方ないな、と苦笑する。

長ドスを回すその動きは、まるでダンスのようで。シャンデリアの瞬きに、ちらちらと宝石の如く煌めいて。あまりの美しさに視線が奪われる。真っ黒なスーツには返り血一つなくて、刃が風を切る音が爆音でかかるクラシック音楽に掻き消されれば、最後の一人が静かに瓦礫に倒れる。
それと同時に目の前に立った恋人は、窓から漏れた夜景を瞳に宿して潤みを帯びた視線をこちらに向ける。
「19人。」
相手の笑顔を想い、伸した敵の数をさばを読んで呟けば、
「23人。わしの勝ちじゃ。」
なんて、子供のような表情とは裏腹に大人びた柔らかな動きで抱き締められて。
嗚呼、もうどうにでもなれ、と本日四度目のキスを受けた。


乱れた金色の髪を撫でれば、白のシーツにふたりで沈む。
床に脱ぎ捨てられたドレスに、覆い被さるように重なったシャツとジャケット。
「なんで、任務のこと秘密にしてたわけ?」
未だ甘さが残った声で尋ねれば、甘えん坊の恋人が躊躇うように視線を逸らせて。
「ジャブラはわしのこと、子供扱いするじゃろ?だから、大人のデートをしてやりたくて、相談したんじゃ。」
なんとなく、脳裏に浮かんだ数人の相談相手に息を漏らせば、それに気付かず話し続ける眉を下げた愛しい人。
「そうしたらな、わしの格好いいところを見せるのが一番という話になってな。」
叱られた子供のような様子に、何となく合点がいけば続く言葉を遮るようにキスをする。
単純なこの可愛い彼は、任務中のいいところを見せて、自分を見返してやる作戦だったらしい。ああ、なんて、憎たらしい程に愛おしい!
「なら、武器は手元においとくべきかも。」
そう皮肉を込めて囁けば、
「わしには、ジャブラだけ居れば充分じゃ。」
なんて。




可愛い顔して、嗚呼、なんて破壊力!








2017.09.17
導線に火をつけるのは君への想い。





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