toy box



金平糖の踊り


真っ赤なワインに映る菫色の飴玉は静かで。
するりと填められた黒手袋に、薄い唇が笑う。


ドールハウスを思わせる美しい屋敷に、甘ったるい匂い。淡い色のテーブルの上には鮮やかな色に飾られたアイシングクッキーに、チェリーの乗ったカップケーキ。レースとリボンで膨らんだカーテンに、棚に並べられた人形達は愛らしく微笑んで、部屋の奥の本棚を見つめふわり長い髪を艶めかせた。

貴族層の子供の失踪事件。身代金の要求もなければ、消える子供に共通した点は十歳に満たない美しい少女だということだけ。裕福な家庭を狙う意味もなければ、政治に関わる争いが起こるわけでもなく、ただ前触れなく子供が消える。
「ねえ、これって誘拐事件よね?」
コーヒーを啜りながら資料を片手に呟いた上司に視線をやれば、
「ただの家出かもしれませんよ。」
その指先からファイルをさらりと抜き取って、並べられた少女達の胸像写真を視界に捉える。
「例えば、だけど。」
小さくほろりと囁かれた言葉にゆったりと耳を傾ければ、淡色の髪が揺れる。
「お気に入りのブランドで自分好みの可愛いバッグが出たら、私ならきっと全色欲しくなっちゃう。」
持つものを失った指先が硝子のキャンディポットに触れれば、中に犇めく宝石達が瞬いて。
「その写真の子達、顔立ちも髪の長さも見た目はよく似ているのに、瞳の色と髪色はみんな違うでしょ。まるで、」
真実を告げ掛けた唇が振れれば、指が引っかかったらしい容器が傾いて、
「色違いのよう?」
ふっと吐息混じりに微笑めば。

とろけるように柔らかな笑顔に、
「いいえ。」
甘い星屑が床に跳ねた。


子供部屋を思わせる桃色の本棚に近付けば、ずらりと並んだ書物の中、一冊分だけ空いた透き間を覗く。薄暗いそこにはよく見ないと気付かない程の玩具のような小さなドアノブ。そっと手を掛け捻ってみれば、想像通りに開いた本棚を模した隠し扉の奥、深く大人びた温かな空気がふわり溢れた。
ぱちぱちと揺れる暖炉の火に、此方に背中を向けるように置かれた一人掛けソファー。噎せ返るほど甘い香りのルームフレグランスに、レコードの音がゆったりと響く。
未だ秘密の部屋に踏み入られたと気づきもしないのだろう、ほうっと熱い吐息をついたターゲットはソファーに腰掛け、ワイングラスを揺らしながら笑う。手元に開いた古びたアルバムの厚さから想像するに、この部屋の鍵なのだろう、そのものの中に納められたセピア色の思い出は、愛らしい一人の少女。深紅の絨毯から伸びた白い壁紙に飾られた無数の額縁の中、微笑み、泣くのも全て同じ子供。
灰色に白髪交じりの頭越しに覗き込む、古びた世界はまるで夢の中。セピア色の人形は消えた少女達を思わせて、レコードの音に混じって微かに漏れ聞こえる細い声に、一際大きな額に視線を向ける。丁寧に描かれた髪の長い少女の肖像画は、きっとさらに深い秘密を隠す禁断の扉。
部屋を満たすバレエ音楽に、弦楽の柔らかい音色に誘われて。皺の目立つ首筋にしゅるりと鞭を巻き付ければ、
「誰だ、お前は!」
そう叫ぶ声を遮るようにキュッと絞めた。
赤く色付く頭部にぼとりと床に落ちた分厚いアルバム。その上に零れた真っ赤なワインの匂いは、まるで、何かを嘲笑っているようで。
鞭を纏め持てば、空いた手で男の口元をぐうっとソファーに押しつけて。
「静かにしていてくださいね。」
そう細めた瞳で、小型電伝虫にそっと微笑む。

「カリファ、こんな時間にどうしたの?」
少し眠たげに尋ねられた声に、何故だか今の状態を報告する気もなくなって。
「いえ、」
ちらり瞬いた菫色の瞳は、砂糖菓子。オルゴールにも似た軽やかなメロディーが蓄音機から零れれば、泡を吹いた男の鼻から低い呻きが漏れ落ちて。
「少し、声が聞きたくて。」
柔らかな背もたれに食い込ませるように力を込めた掌に、黒く固い首飾りを引き上げれば、赤く熟していたはずの空っぽの果実は、見る見る泡立てたクリームのように色を亡くして。
「音楽を聴いて、寂しくなっちゃったの?」
恥じらうように小さくなった声に、
「どうでしょうね。」
先方まで届いているらしい軽やかで煌めく旋律を、そっと食んだ。

ぐるんと白眼を剥いた男をソファーに置きやって、手袋を脱ぎ捨て、笑顔の少女の絵に触れる。
レコードから届く音楽は数日前に聞いたとろりと溶ける甘い声に似て、部屋を照らすシャンデリアの光は床に散らばった色とりどりの菓子を想わせて。

あの日の愛しい表情が脳裏を満たす。


「いいえ。」
そう響いた声に眉を顰め、床に散らばった菓子を眺めれば。それはあまりに鮮やかで。
「自分好みの子供を連れ帰って、屋敷に隠して育てるの。まるで御人形遊びみたいに。子供はきっとただの道具。」
頬杖をついて呟いた淡色の瞳が影って見えた。
「えらく悪趣味な想像ですね。まるで、」
言い掛けた言葉がからりと乾いた喉に貼り付いて。だからと言って、その先を呑み込むわけにもいかなくて。
「経験したことでもあるかのような。」
震えた睫毛は嘘をつけなくて、頭の中が妙に冷たくきんと澄む。
「彼らにとって、脅えて抵抗しない子供はきっとただのコレクション。」
立ち上がった華奢な身体に、瞳が奪われて。
「消えた子供達は、まるで、」
それでいて何故だか、幼い少女が重なって見えて。

床に舞い落ちた金平糖がヒールに踏まれて。

ざらり、崩れた。



「まるで、昔の私みたい。」









2019.02.23
甘く柔らかな旋律は何故だか私を不安にさせる。





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