toy box



蛇の嫉妬


「今日はパパのお誕生日だから。」
揺れた睫毛に、普段なら何をおいても自分を選ぶはずの相手の背中を見送れば、
「そうですか。」
甘く笑って、瞳を細めた。


真っ黒なスーツにリボンを掛けた小包。普段に比べ軽く流した前髪に、ネクタイピンと合わせた品のよいカフス。今夜の為に用意したレストランをキャンセルすれば、香水瓶を眺めていつもと違うそれを選ぶ。
今日という日を選んだのは偶然ながら、断りを入れる相手など想像もしていなくて。煙草をくわえれば、寒空の下、気怠げに歩く。ぴちりと着込んだ衣服に不釣り合いな態度すら、金色の髪は許されているようで。アメジストの瞳が煌めけば、ストレートチップが冷えた空気を蹴り駆けた。
大きな瞳が見開く瞬間に心を震わせ、艶めく唇を深く求めて。


明るいパーティーホールとは対照的に、大きな窓から覗くのは星すら見えない真っ暗な夜。
上等な衣服に身を包んだお偉い様方の中心で笑う上機嫌な本日の主役に、その横で不釣り合いなほど可憐な花が面白くもないだろう話にくすりと笑みを見せて。静かに流れ続けるピアノの音にドレスを揺らす。
優しいラベンダー色の髪に、透けたブラックレースから覗くデコルテは陶器を思わせるほど白すぎて。ふんわりと膨らんだ、どこか子供らしさすら感じさせる膝下丈のチュールドレスはきっと父親好み。
アルコールの香りに混ざって、焼き上がったばかりだろう大きなバースデーケーキの甘い匂いが鼻先を掠めれば。見上げた天井からきらきらと笑うシャンデリアに息を吐いて、その小さな一粒に映った柔らかな砂糖菓子を視界に捉える。
ピアノの音が自然に止んで、ゆったりとした弦楽の音が冬の夜を彩れば、シャンパングラスを手に眼鏡を上げる。
足音もなく大勢に紛れながら歩を進めれば、揺れた波打つ髪に小さく笑って。視線を外し手を伸ばす。

「お誕生日、おめでとうございます。」

握手を求めたのは触れ馴れた細い指先ではなく、深い皺の刻まれた歳を重ねた老人の手。
「おお、君も来たのか!」
楽しげに笑う主役の隣、何も言えずに固まる上司に柔らかに微笑んで。
「長官からお誕生日だとお聞きしていて。是非、尊敬する貴方の生まれた日をお祝いしたくて、今夜はお邪魔させていただきました。」
華奢な肩が震えたのがわかれば、それを見逃すわけもなく困ったように泳いだ瞳を覗き込めば、
「今夜は少し顔色が優れないようですが、人混みで長時間過ごされてお疲れが出ているのでは?」
白い手が伸びてきて、ぎゅうっと此方の手を握って。
「そう、かも。パパ、今夜はもう、部屋に戻るわ。」
淡色の唇が父親の頬に触れれば、今にも泣き出しそうな瞳にアメジストが反射して。
「カリファ、部屋まで着いてきて。」
脅えたように言葉が揺れる。


いつもと違った視線に、いつもと違ったヘアセット。鼻を擽る香りすら変えたのも、不安を煽るために他ならなくて。これほどまでに恐怖を示す可愛い相手に口端が上がる。
「そんなにおれと過ごしたくなかったんですか。」
ベッドに押し倒して視線を絡めれば、影の掛かるその人はまるで蛇に睨まれた蛙。
「だって、招待しても、一緒に過ごせないと思ったから。」
父親の隣、来客達の御機嫌を伺うように笑みを浮かべたその表情が脳裏を過ぎれば、不快で仕方なくて。
少し荒い手つきで媚びた色のルージュを拭い取る。
「カリファ、わたし、」
言い訳を零す前にと塞いだ唇に、似合いもしないドレスのファスナーに手を掛けて。


「媚びるなら、おれが満足するまでどうぞ。」


腰に絡まった白い脚に、ちろりと舌を覗かせ囁いた。








2019.01.19
利口な蛇はお嫌いですか?





Back



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -