toy box



full drive



走る走る走る。
風になって、どこまでも。


さらりと揺れた黒髪に、凛とした横顔が楽しげで。
「嬉しそうにしよって。」
呆れて溜息を吐けば、並んで駆ける。
ホテルの上階から眺めるべき賑やかな街の灯りに、速度を上げる脚に合わせ冷える身体にのしかかる空気。蹴りつけた屋根から落ちた石屑が、遙か後ろの階下でガシャリと音を立てた。
ぴたりと身体に沿ったデザインのジャケットに、潜入捜査用にと最低限の防寒対策の施された衣服。いつものキャップを目深に被れば、
「夜なのに必要?」
なんて、ちらりと牙の覗く唇が笑う。
「そのサングラスこそ、じゃろ?」
普段と変わらず頭に乗せた派手なそれを指して見れば、真っ黒なペアルックは冬空のデート向きではなくて。身一つで夜を駆ける姿はまるでロマンティックとは言えなくて。なのに、足取り軽くブーツを鳴らすその様は少女のように上機嫌。
「これはファッション。」
路地の中、エンジン音うるさく此方を追う何台かのバイクに、背中を捕らえたらしい数台の追跡用ドローン。
「それ、お洒落のつもりじゃったのか。」
くつりと意地悪に笑えば、むっと尖らせた唇が恋しくなって。そっと伸ばした腕で細い腰を引き寄せて、
「めかしたレディには優しくせんとな。」
ひょいっと身体を抱えれば、前から回り込んできたドローンを避け足下を狙い飛んできたそれをガンと踏みつけ、膝に力を込めればビルの隙間を飛び越えて先程の倍の早さで脚を出す。
星屑が線になって、一つに纏めた黒髪が川のように零れ落ちる。
「これ、下の方がいいかも。蠅が増えた。」
ドローンのことを話しているらしい恋人の暢気な声に、
「下も敵だらけじゃぞ。ドローンで位置もバレているじゃろうし。うまく抜けるか?」
ちかちかと瞬きふたりを探すライトに視線をやれば、
「ベッドの上なら得意だけど。」
にやりと笑う表情が妖艶で、あまりに魅力的で。わざと呆れたように眉を潜めれば、欲望を振り切るように冷たい空気をすうっと吸い込む。
もう少しムードのある夜ならば甘い皮肉を言えようにも、今夜は邪魔が多過ぎて。囲むように近付く羽音に、どうにでもなれ、と月に向かって跳んだ。

真っ直ぐに下を目指し脚を伸ばせば、大通りのすぐ脇の細道に降り立って。ぐんと腕にかかる重力を感じる。その温かさが愛おしくて、大切な物を降ろすように腕から力を抜けば、掴まれた手首にまた揺れる長い尻尾。
大通りの人混みに紛れれば、くるりと踊るように引かれ舞い込んだ先は、路面の埃っぽい古着屋。ハンガーに掛かった真っ赤なファーコートを羽織り、自然な仕草で伸ばされた細い指先は顎元のファスナーに触れていて。
「あんたは、これ。」
愛しい人の差し出した黄色のフード付きコートを視線に捉えれば、馴れた手付きでジャケットを脱がすその手に、
「盗むのは無しじゃぞ。」
念を押して、黒を脱ぎ捨てダウンに腕を通す。と同時にざわつく道行く人々の声に、近付く乱暴なエンジン音。
「きた。」
にっこり笑ったその人は純真で愛らしくて。まるで聖女だ、そう、思った。

カウンターに必要以上だろう札を置けば、店主に声を掛け人混みに紛れる。
「このまま撒いてもいいけど、顔見られてるし。」
一般人を装いぎゅうっと身を寄せ足早に歩くジャブラに合わせれば、
「じゃが、この人混みの中、交戦はいただけんな。人気のない場所におびき寄せて、」
呟いた瞬間、どんとぶつかった大きな背中には資料で見飽きたロゴマーク。
「これも作戦の内?」
からかうように囁いた声に、振り返った男の視線から逃れるように真っ暗な脇道に走る。
背中から聞こえる男達の声に、音のない方向を目指し駆ければ、同じことを考えているのだろうバイクの音が平行して響く。
「生け捕るつもりみたい。」
まるでゲームする子供のようなくすくすと零れる息遣いに、艶めいた瞳は大人び過ぎていて。
ゴミ箱を避けながら通路を進めば、暗闇に浮かぶ懐中電灯の丸い光が正面からチラついて。避けようがない一本道に対向者。これは上へしか回避できない、と細く伸びた夜空を眺めれば、
「上空に出たら、相手の思う壺。」
そう囁く熱い甘い声に、瞬時レンガの壁に押しつけられた背中。襟口に掛けられたサングラスに、奪い取られたキャップがするりと解かれた黒髪を隠せば、返事をする間もなく唇が塞がれて。柔らかな舌が口内に伸びる。
敵の無線らしいガサ付いた音が耳に届くも、それを確認するための瞳は美しい表情に魅入ることで精一杯で。鼻から溢した吐息に瞳を閉じた。伸びてきた白い指先がズボンのボタンに触れれば、こつんと壁に当たった後頭部に、いつものように、否、いつも以上に性急に絡む舌。嗚呼なるほど、と小さな背中を撫で上げるように手の平を這わせば、近付く足音に見せつけるように恋人の腿を持ち上げて、ゆったりと反対側の壁へとその肩を押しつける。腰位置に当たった酒樽に軽い身体を乗せ上げれば、
「ターゲット確認できず。」
なんて電伝虫に呟き後ろを通り抜ける男に、わざと熱い息を吐く恋人。
幸い敵は、黒尽くめのふたり組と認識されているらしく、路地裏で盛る派手な衣服の若者は眼中にないらしい。まぁ、バレるのも時間の問題だろうが。

髪を混ぜるように繰り返した口付けに、密着した身体は温かで。敵が通り過ぎて暫く、汚い路地の真ん中で冬空の短いバカンスを楽しんで。
「もう少し町外れに移動して、そこで始末を。」
漸く離れた唇から伸びた銀糸を拭えば、
「それが終わったら、温まって帰らない?」
くつりと笑ったその手の中には、ホテルのルームキー。
先程からの上機嫌の理由がわかれば、それすら愛らしくて愛しくて。
「とりあえず、西側の人混みに散った奴らの始末を。あんたは東のバイク軍団ね。」
帽子を返しながら髪を束ねる仕草は優雅で、薄くなったリップを気にするように口元に這わせた指先は艶っぽい。
「そっちの方が手間だろうし、1時間後、セントラルタウンの赤いネオンの中華料理店で。」
走り出す準備をしようと脚を伸ばした相手の手首を引いて、文句を聞く前に、もう一度キスをして。
「30分。」
ぽそりと告げる。
不思議げに眉を顰めた恋人の瞳を覗けば、
「30分以内に片付ける。」
そう囁いて、サングラスをそっと掛けやれば、
「1時間も我慢できない、の間違いでしょ?」
くすくす笑ったからかいの言葉に聞こえなかったふりをして。


風を纏って跳び立った。








2019.01.03
メイク直しの時間は計算外?





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