toy box



38度のベレーシス



ふわふわとした思考の中、伸ばした指先が冷たい唇に触れた。


あれだけ長かった夜が、ほんの数分に感じて。もっともっと傍に居てくれれば、なんて、言葉には出来ないけれど。任務依頼書を手渡した自分を棚に上げて、あんなに満たされた時間を与えたくせに朝には上着一枚残して消えていた愛しい人に唇を尖らせて。
初めての熱に、知ることのなかった深い圧迫感、恐ろしい程の快感に見たこともない柔らかな視線。あの幸福が忘れられなくて、部屋に残されたジャケットに手を伸ばす。

長期任務に向かった恋しい人の微かな残り香を求め埋めた形良い鼻先にボタンが触れれば、まるで指を絡めて手を繋ぐようにジャケットの袖口を握って。押し倒すようにベッドに沈む。
寂しさからか、激務の疲れからか、はたまた嗅ぎ慣れた香水のせいか。ぼんやりとした思考に、霞む世界。

「ほら、一緒に。」
初めての甘い夜、そう囁いた低い声がまだ聞こえる気がして。きゅうっと下腹部が収縮するのがわかって。
感じたことのない痛みに、ぐうっと深い圧迫感。
「ちゃんと息をして。」
いつにない優しい声に、唇に捻じ込まれた指にやっとのことで呼吸して、震えた腕でその人の背中にしがみついた。
「…カリファ、カリ、ファ。」
数え切れないほど名前を呼んで、美しい宝石が自分を映すその瞬間に安堵して。

現実と記憶と少しの興奮が混ざった世界の真ん中で、そろりと指を秘密の谷へと伸ばす。
初めて自身で触れるその行為に、まるで禁忌を犯すようで恐ろしくて。それでいて、あの少し掠れた声が愛おしくて、
「カリファ。」
あの夜のように名前を呼べば、とろりと自分が溶けた気がした。


ジャケットに顔を埋めて、動かした指にきゅっと脚を擦り合わせる。何も理解していないのに勝手に動く身体はまるで獣のようで、その事実すら目を瞑りたいくらいなのに、今の刺激に満ち足りないことに焦りを覚えて。
愛に浮かされた身体は空気に溶けて、ぼんやりと熱くて。それなのに、胸の奥はつんと冷めて氷のよう。
足りない足りない足りない!そう喚いたところで、このイケナイ事を正当化する方法もわからなくて、やめなければと思う度に逃げ腰になって快感が遠退く。
「カリ、ファ。」
また溢れた声は、もうすでに泣きそうで。ぐるぐると回る脳内に、いつもよりほんの少し柔らかな恋しい笑顔。


密着した肌に、絡む脚。優しい視線に頬を撫でる手のひら。なのに、まだ欲張りにも強請るのは、きっと自分が卑しい罪人だから。
「どうかしました?」
はらりと落ちた金色の髪が、まるで天から注ぐ一筋の光のようで。開きかけた唇を閉じて、なんでもないのと睫毛を揺らす。

苦しい程の熱に、泣きたくなる程の幸せと背徳感。

本当は告げたかった言葉を呑み込んで。良い子でいようとしていたはずが、もう数日後にはこんな悪い事をしているなんて。ならば、あの時、どうして声を出さなかったのだろう、なんて。後悔しても遅くて。


ふうふうと荒くなった息を吸ったジャケットに、湿っぽい空気。ぼんやりと暗くなった部屋の明かりに、心細くて。早く逢いたくて。
恋しい人を思い浮かべて、また、自分の欲望を掻き混ぜて。
「カリファ、」
小さな小さな掠れる声で、言えなかった言葉を、空想の恋人に囁いた。

「キス、して。」


そっと伸ばした指先が、冷たい唇に触れて。
代わりにするりと白い手のひらが頬に触れる。
「熱い。」
淡い紫色の髪が梳かれれば、それが現実か想像かなんてわかりやしなくて。
「平熱が低い長官にはお辛いでしょう。」
腕の中から取り上げられたジャケットに、夢でいいから傍に、と腕を伸ばして。


「あと少し。もう数日で終わりますから。」
柔らかな声に額に触れた手のひらは冷たくて。
「ひとりで目指したって、どうせ辿り着けませんよ。追放された楽園には。」
少し芝居じみた台詞に甘い笑みは、きっと、私だけのもの。

「帰ってきたら、ふたりで一緒に。」
するりと滑らせた手に目元を覆われて、暗くなった世界に身体に掛けられた毛布はまるで羽のようで。
「あと、」
ぐっと重くなった身体はもう、何にも逆らう事を知らなくて。ただただ、ベッドに深く沈む。


「お望みのキスを。」









2018.12.06
目覚めた朝、指先に触れるのは鮮明な香りの残ったジャケット1枚。





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