toy box



月に一度のメーデー



3回唱えて、待ち焦がれて。


いつも以上に潤んだ瞳に白い頬。夢のように柔らかなラベンダー色の髪とは対照的に荒い声が部屋に響けば、ぐっと握った手のひらが目について。頭を下げつつ逃げるように部屋を出た海兵を横目にコーヒーを淹れる。
ことりと置いたカップに湯気が揺れれば、
「そんなもの、いらない。」
深く椅子の背凭れに沈んだその人が低く呟く。
「飲みたいなんて言ってないでしょ。」
きゅっと噛み締めた唇に、溶けて消えてしまいそうな真っ白な肌。自分を抱くように組んだ腕は震えているようで、普段とは違う様子に何となく察しがついて。
「悪夢でもみたんですか?」
からかうように囁けば、
「部下に八つ当たりなんて。」
相手のマグカップを持ち上げて淹れたばかりのコーヒーに口付ける。
はっとしたように見開いた宝石を思わせる瞳に自分が映るのがわかれば、苛立ったように立ち上がった細い腰に、きっと吊り上がった目尻すら愛らしくて。
「八つ当たりなんてしてないでしょ!みんな役立たずなだけ!」
きんきんした高い声が響けば、歩き出そうとも行き場のない脚がふらりと崩れて、驚いたように煌めいた瞳に甘い香水が空気に溶ける。
貧血からだろう、床に向かって傾いた身体を片手で支えて、
「体調が悪い時くらい言えばいいのに。」
なんて言葉を飲み込んで、またコーヒーを口に含んだ。

軽い身体を抱き上げて背中をとんとんと撫でてやれば、緊張の糸が切れたように静かになった我儘なお姫様。
「今日はもう部屋で休みましょう。どうせ、大した用もないでしょうし。」
寒いのだろうか震える肩に自分が着てきたコートをかけて、よく知る相手の自室に向かう。

「お薬を飲むのを、忘れていて。こんなに、痛くなると思わなくて。」
ぎゅうっとしがみついてくる細い腕に、腰回りを温めるように撫でれば、首筋に触れた涙に小さく息を吐く。
「月経痛くらい対処できないなんて、長官として恥ずかしくないんですか。」
薬を飲んででも不調を見せる相手にとって、今の状況が辛いだろうことは想像できて。それでも優しくなんてしてやる気は更々なくて。
「もし、大きな任務と重なったら?薬を飲んでいなかったから、なんて通用すると思っているんですか。」
部屋に向かって白い廊下を歩いて進めば、腕の中の柔らかな身体がきゅうっと小さく丸まるのがわかって。
「でも、だっ、て。」
言い訳しようと零れた声の弱々しさが愛おしくて、痛みと情けなさに溢れる涙が温かで。
もっとおれを頼ればいいのに、なんてドロリとした欲が口元を緩める。

ソファーに降ろしたその人のヒールを脱がせて、タイトスカートのファスナーを下ろせば、そっと髪を撫でて顎に添えた指先で、涙に濡れた愛らしい顔を見る。
「ごめん、な、さい。」
子供のように囁かれた少し掠れた声が愛おしくて、肩にかけられたコートを握りしめ、膝を抱く様がまるで愛玩動物を思わせて。
「なぜ、謝罪を?」
そう優しく微笑んで、少し意地悪に問うてみる。
「仕事、途中で抜けてきちゃったし。カリファに、迷惑かけた、から。」
いつも以上に素直な言葉は、不安定な情緒を顕著に表していて。苛立ちからくる刺々しい態度とは裏腹に、壊れてしまいそうなほど儚く脆い感情が今の彼女を満たしていて。
「それはちゃんとわかっているんですね。」
皮肉まじりに告げれば、そっと鼻先を合わせて甘い息を吐いて。
「勝手に体調を崩されて、それを隠される方が困るんです。迷惑を被るのはこちらなので。」
柔らかな表情は崩さずに、それでいてわざと冷たい声を出してみせれば、目の前のお姫様が不安げに瞬いて。
「だから、約束しましょう。」
なんて、救いの手を差し伸べたふりをする。
「また何かあれば、合言葉を。」


さらりとした髪を耳にかけて、そっと桃色の唇に口付ける。深く絡まった舌にゆっくりと甘い唾液を混ぜて。吐息をついて顔を離せば睫毛を揺らして瞳を覗く。

「"venez m'aider"とおれに。もしくは、」

混乱した頭でまたキスを求める唇に誘われるように、ほんの少し色付いた頬に手を添えれば、聞いていないだろう相手に小さな声で、

「メーデーと3回。」

そう魔法をかけた。





2018.12.01
メーデー、メーデー、メーデー!助けを求めるのは貴方だけ。





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