toy box



綿の劣情



バスルームに溢れる柔らかな泡に、甘い鼻唄が重なり溶けた。


薄暗い部屋の中、窓際でテディベアを胸に抱く。細い月を反射した無機質な瞳は円らで、綿の詰まった腹部が柔らかくふっくらとして。親指が沈む。
星空に背を向け、隠すように寝かせたテディベアに、冷たい銀色の刃が瞬いた。


嬉しげな表情に誘われて招かれた恋人の寝室。
「ルッチに見せたいものがあるんだ。」
うきうきとした声に、ベッドに座りパウリーの背中を眺めれば、紙袋から取り出されたラッピングボックスに揺れる桃色のリボン。
またファンの女からの差し入れかと溜息を吐きかければ、
「船大工に憧れてるっていう奴に渡されたんだ。帰る前に中を見たんだが、なかなかいい出来で。」
器用だよなぁ、なんて同意を求めるように差し出されたそれは、時間を掛け丁寧に作られたのだろう大きなゴーグルに空色のジャケットを羽織った恋人を模した愛らしいくまのぬいぐるみ。金色の髪に、小さく作られた馴染みの模様のシャツからは真っ直ぐな愛情をひしひしと感じられて。
幸せそうなパウリーの表情に、胸の奥が沸々と湯立つ。
「あとさ、」
そう、紙袋に向き直ろうとする腕を取って、ベッドに引き倒せば覆い被さるようにキスをして。驚きから軽い抵抗を示す身体を押さえ込んでシーツに沈めば、床へと音もなく落ちた憎たらしいぬいぐるみを視界から追い出した。

「ほんと、お前は強引だよな。」
紫煙を揺らした裸体は、言葉とは裏腹に不機嫌ではなくて。
「シャワー浴びてくるから、待っとけよ。」
ふわりと照れるように微笑んだ瞳に、窓から覗いた月が映れば、何もかも許してしまいそうで。それでいて、思い出したという風に床から大切に拾い上げられたテディベアを棚にそっと座らせる指先が狂おしいほど嫉ましくて。
何でもないように手をあげ返せば、満足したようにバスルームに消えた恋人の影。単純だと呆れながらも、そんな相手が欲しくて堪らなくて。誰にも譲ってやるつもりもなくて。
汚れを知らぬ瞳を持つ小さな忌み物を抱き上げた。
手縫いで仕上げられたのだろう鮮やかなステッチも、懸命に選んで配置したのだろうボタンも、全て見知らぬ他人からの恋人への愛情だと思うと吐き気がして。ぶわりと背筋を走る激情に、指先から鋭い爪が伸びて。
躊躇うことなく引き裂いた柔らかな腹部から綿が飛び出した。
ぐっと握りしめた指に絡みつくモヘアに、ふわふわと溢れる白い内臓。血が出ないだけ後片付けは簡単だな、なんて、にやりと笑って引き抜いた刃に映った紙袋へ視線をやれば、
「あとさ、」
恋人の声が脳裏を掠めて。
「まだ、あるのか?」
月光を背中に浴びた表情は真っ暗で、怒りも哀しみも興奮も見えやしなくて。ただ、荒い息と共にずんと大きくなった影が部屋の中を満たす。

バスルームに溢れる柔らかな泡は、まるでテディベアの中に詰まった純真な心のようで。愛おしい声音が紡ぐ唄に、何故か孤独を感じて。

荒っぽく覗いた紙袋の中には色違いのラッピングボックス。破るように開いたその中には、自身そっくりのテディベア。
「お前とおれ、そっくりだろ?」
そう微笑む恋人の声が聞こえる気がして。
窓際に横たわるズタズタのぬいぐるみを見つめれば、手の中の美しいままのそれをそっと抱えて。


星空の下、ふたつのベアが窓から堕ちる。
寄り添って、離れて。

いつか近い未来のふたりをちらり、映して。








2018.11.14
綿によく似た泡に塗れて、何かを隠してキスをする。





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