toy box



鈍感ウサギと淡色カメラ



煌めく睫毛に絆されて、白い額に口付けた。


「ねえ、カリファ。」
くすくす笑う軽やかな声に引かれて向けた視線の先には、子供っぽいぬいぐるみに頬を埋めた年上の上司。柔らかなラベンダー色の髪に合わせたように、淡い紫のうさぎ二匹はふわふわと揺れて。清潔なベッドに腰掛けた白い脚がするりと触れる。
「上手に撮れないから、カリファが撮って。」
手渡されたカメラは不器用な女が持つには勿体ない一級品。新聞記者ですら扱うのを躊躇うだろうその撮影機で自分を写そうだなんて、なんと馬鹿げた考えだろうと嫌味一つ零そうとしたところで、目の前の甘やかされなれたその人には何を言っても無意味だと理解できて。溜息を呑み込んでレンズを覗く。
ぬいぐるみに押されて乱れた波打つ髪に潤んだ瞳が、取り残された夏を想わせて。カシャリ、落ちたシャッターの音に世界が遠く感じた。


「なぜ、同じものをふたつも?」
胸に抱いたぬいぐるみを見下ろして尋ねれば、靴擦れから眉間に寄せられた皺がやんわりと解けて。
「だって、お洋服が違うでしょ?」
当然とでも言いたげな口調に息を吐いて、相手の隣に柔らかな二匹を腰掛けさせた。
鮮やかなテーマパークの街並みに、異様なほどに淡い連れ人。足を休ませようと真っ赤なベンチに座らせてはみたものの、賑やかな音楽と、はっとするほどの色に溢れたこのエリアに、色素の薄いこの人は些か不釣り合いな気がして。
「まだ、歩けませんか。」
腕を組んで呆れたように見下ろせば、
「もう歩けないかも。」
拗ねた子供のようにぷくりと膨れた頬が、ほんの少し色付いて。
「なら、パレードは諦めてホテルに帰りましょうか。」
なんて意地悪く、表情変えずに囁いた。
さらに不機嫌そうに尖らせた唇が艶めけば、大きな瞳に涙が溜まるのがわかって、愛おしい表情に頬が弛む。
「そんな顔しても、靴を選んだのは長官でしょう?」
そっと屈んで泣き出しそうなその頬に触れれば、甘えるように伸びてきた腕を受け入れて。仕方ないなという風にわざと溜息を吐いて軽い身体を抱き上げる。

ふたりでのテーマパークへの視察を数週間前から楽しみにしていた上司を思い起こせば、くすぐったげなその仕草に此方まで不思議な心地がして。まるで初デートの準備をする少女のようではないかと考えたところで思考を止める。嗚呼、もしかすればそうなのか、と。
衣服はどうするかだとか、荷物はどうしようだとか、仕事だということを忘れたようにはしゃぐその様が余りに滑稽で。愚かで。
あれだけ悩んで決めたはずの足元に嫌われ、こうして歩けないと嘆く馬鹿な相手。そんな上司の相手をする自分さえ間抜けに思われれば、ふと視界に残った鋭い煌めきが背筋をぞわりと撫で上げて。昨夜の資料で見たばかりの男のにやけ顔に木陰に隠れたライフルが眼鏡の端に映れば、どうにでもなれと瞼を落として、甘く笑った。
「長官。ぬいぐるみは落とさないように、しっかり抱いておいてくださいね。」
横抱きしていた細い腰を左肩に寄せ片腕で支えれば、首筋に回された白い腕の中、ふわりと押しつぶされたぬいぐるみの毛が肌に当たって。淡い色に誘われるように足を別エリアに向ける。
リズミカルな音楽がいつしか穏やかな美しい旋律に変わる直後、足裏に力を入れて駆け出せば、音もなく頬を掠めた短剣にしゅっと風を切る音がして。人混みを避けながら、踊るように見えない敵からの攻撃を避ければ、アトラクションの破裂音にあわせて跳んできた銃弾にさっと身を屈め、気配を伺う。
「カリファって、こんなところでも綺麗好きなの?」
足下に落ちていたポップコーンを見てか、不思議そうに甘い声で尋ねる馬鹿に、何も言う気になれなくて。それならいっそ、大事にならぬよう振る舞う自分に騙されて、一般人と同じように何も気付いてくれるなと願って。小さな落し物をゴミ箱に投げ、また早足に先を急ぐ。

自分達ふたりだけを器用に攻撃をしてくるあたり、相手側も一般人に気付かれることなく此方を始末したいらしい。そう考えれば、この攻防戦も短時間で済ませるはずで、今、この時を逃せば、敵を取り逃がしてしまうだろうと考えられて。残された時間が少ないことを知る。
「長官、今日はおれとの視察、楽しみにしていたんですよね?」
わざと柔らかに瞳を細めて、少し低い声を出す。
「おれも色々調べて考えていたんですが、」
甘えさせるふりをして後頭部を引き寄せれば、淡色の髪を掠めるナイフを横目で見送る。
「サプライズはお好きですか?」
予想通りに煌めいた瞳に、間抜けな相手に隠れて腰に隠した鞭に手を掛けて。
「目を閉じて、おれが合図するまでそのままで。」
柔らかな睫毛がふわり揺れるのを確認すれば、周りに気付かれない速さで宙を蹴る。
飛び上がった瞬間に捉えたターゲットに鞭を掛けて、首根を締めてぐっと絞る。ひゅっと喉の鳴く音を確認すれば、はらりと弛めた鞭を引き寄せ、反動を利用して男を手近な木陰に隠して。目的を失った鞭の先を目に付いた白い石柵に巻き付ければ、ふたりの身体をふわりと浮かせ、夢の世界の空を飛ぶ。

「もういいですよ。」
すとんと降ろしたそこは、パーク中心にそびえ立つ城のバルコニー。
ふわりと開いた瞳を合図に、鳴り響いたパレード開始の音楽に、子供のように頬を赤らめる可愛い人。
「こんな場所、用意してたなんて!」
興奮気味な高音に、きらきらと瞬く甘ったるい瞳。
「カリファも、今日、すごく楽しみにしてたのね!」
くすりと笑う表情にまた溜息を吐けば、そっと腰を抱き寄せて。
「さぁ?」
そう静かに返した。


何も知らない馬鹿な人。
でもそれを許しているのはきっと自分で。

ラベンダー色のぬいぐるみを抱きしめ、ベッドに沈むその人の額に口付けた。

「楽しめましたか?念願の初デート。」
小さく甘く尋ねたところで、返事なんてあるわけなくて。



レンズを覗いて、間抜けな寝顔をカシャリ、また世界から切り取った。









2018.10.08
切り取った想いは僕だけのもの。





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