toy box



アヒルから白鳥は産まれない。



醜いアヒルの子が美しく育ったのは、結局、親が白鳥だったから。


ぴとりと重なった唇に目を見開けば、眼鏡越しの深い色をした瞳も驚いたように丸くなって。離れた口元に指を添えた。寝室のベッドの上、交わした事のある口付けも、職場のデスクでいきなりなんて、想像もしていなくて。
「お喋りな口は塞いでおかないと。」
なんて、まるで元からそのつもりだとでも言いたげな言葉に、流されるふりをして。そっと静かに身を委ねた。


真っ白な世界の真ん中で純白のベールに包まれたその人は、まるで人形。
進めた足に響く靴底は教会の壁に跳ねて、しんとした空気を揺らす。金色に瞬く髪に、眼鏡越しに映った祭壇の上には白い布に包まれた誰か。
嗚呼、なるほど。これは夢か。そう考えれば、色のないステンドグラスは非現実じみて。淡い世界に立った真っ黒な自分に納得する。
「祭壇に眠った自分との面会。暗殺者の見そうな夢だな。」
こつこつと速まった靴音に自身のデスマスクを思い浮かべれば、顔を隠すように掛けられた白布に手をかけて。対面したその人に、目を見開いた。
ぼんやりと濁った菫色の瞳に、ラベンダーを思わせる波打つ柔らかな髪。口付けを待つように小さく開かれた唇には色がなくて、身を包んだ純白のドレスより透明な肌が胸をぎゅうっと締め付けて。
「…長官。」
伸ばした手で触れた頬は溶けてしまいそうなほど冷たくて、そっと抱き上げた身体はほろりと脆く砕けてしまいそうなほどに軽い。
「何故、あなたなんです?」
そう呟いた声は震えていて、夢だと理解しているはずなのにと自嘲ぎみに口角を上げようとして、ぽたり眼鏡を濡らした水滴に瞳を閉じた。
その瞬間、ばさりと飛び立った白鳥の影が美しすぎて。深くゆらりと息を吐いた。


「カリファ?どうかしたの?」
ぼんやりとした愛おしい人を見上げれば、動かないその姿がいつもと違っていて。掛けた声すら耳に入っていないようで、形良い眉をそっと顰めた。
「カリファ?」
ひらひらと顔前で揺らした手すら見えていないその人が、何を考えているかなんてわかりやしなくて。それでいて、いつもと違う様子が心配で立ち上がれば、水でも持ってくるべきだろうかとデスクから離れる。
マネキンのように整った表情で動かないその横、さらりと髪を揺らして通り過ぎれば、いきなり掴まれた手首に引き寄せられた身体。
「おれを置いて、何処に行く?」
低く囁かれた言葉の意味がわからなくて、
「水を、取り、に。」
溢れた言葉は、途切れ途切れ。
「それより、体調でも」
言い掛けた言葉を遮るように重ねられた唇に、伸びてきた熱い舌先。ぐっと引き寄せられた腰に、覆い被さるように包まれる体温。
存在を確認するように背筋を這う手に、髪を撫でる指先。どこか不安げに揺れた瞳に、離れた唇から銀糸が伸びて、ぷつりと切れた。
「私は、ここに居る。」
大丈夫よ、とは言わなかったのは、ほんの少し彼のプライドを想ったから。
「ここに居るでしょ?」
真っ直ぐに見つめた視線に映ったその人の瞳に、また自分が見えて。
「お喋りな口は塞いでおかないと。」
そう、此方の言葉に返事をすることなく合わさった唇に身を任せる。


機械のように冷たいと感じていたその人は、温かで、柔らかで。嗚呼、人なのだ、なんて馬鹿げたことを考える。
冷徹で規則正しい、愛しい人が、本当は脆くて儚いなんて。やはり、人の子は人なのだと、小さく笑う。


気付かないふりをして、キスを受けて。鈍感なふりをして、寝室に向かう。


そんな私もきっと、

ずる賢いアヒルから産まれた意地の悪いアヒル。








2018.06.24
弱った貴方に、これをチャンスと私は甘く囁くの。





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