toy box



秘密のバースデーカード



溢れる笑顔に溜息が漏れれば、そっと静かに瞳を閉じた。


「ねえ、見て!すごく可愛いでしょ。」
くすくすと幸せそうに漏れる声に、大きなリボンをつけた象を見せられた感想なんて、聞かれなくとも決まっている。
「動物には興味がないので、解りかねますね。」
隣に立ったルッチの言葉に同意を示しながらも、軽やかに揺れた髪から覗くぷくりと膨らんだ頬を思って口を閉じる。長官命令だと強制的に頭に乗せられた三角帽に無理矢理持たされたクラッカー。友達がいないのだろう彼女の人選は身近な部下たちだけで。

「お誕生日をお祝いしたいから来て。」
そう差し出されたカードは、中を見もせずゴミ箱に捨てた。ペットの誕生日会なんて、この世に蔓延る悪に目を瞑って呑気なことだな、とシャンパンを口に運べばパーティーホールのシャンデリアが瞬いた。
中央のテーブルに並んだフルーツの盛り合わせに鼻を伸ばす愛しの愛玩動物に向けられた視線は柔らかで、幸せそうで。ぴとりと密着した白い肌が目に付いた。
「嫉妬か?浅ましいな。」
ぐっとウイスキーを煽った唇から零れた声は低くて、視線を合わせることなく告げられたルッチの声に深く息を吐けば、またグラスに口をつけた。
「嫉妬?こうして、長官の可愛いペットのお誕生会に招かれてるんだ。おれもお前も同じように愛されてるだろ。」
皮肉を込めて言葉を返せば、何故かにやりと歪んだ口元が目について、ふわりとアルコールを纏った吐息が静かに漏れた。

「ルッチとカリファもお祝いしてあげて。」
差し出されたリンゴを手に仕方ないなと溜息をついて手を伸ばせば、柔らかに揺れた鼻先が真っ赤な果実に触れて。長い睫毛に隠れた真っ黒な瞳を覗けば、その目はあまりに深くて純粋で。適いやしないなとまた溜息をついた。
「おれからはこれを。」
そうルッチが差し出したのは、丁寧にラッピングを施されたリボン付きのボックスで。
「手入れ用の高級オイルです。元々の姿を考えて選びました。」
綺麗にラッピングされたそれに愛しい人の瞳がきらりと瞬いて嬉しげに細まって、ちくりと胸が締め付けられた。

「何故、あんなものを?」
口から漏れた声はとげとげしくて、でもそれを隠す余裕はなくて。
「誕生日カードの中に書いていたから用意しただけだ。長官の機嫌を損ねると面倒だからと考えたんだが、おれの行動に他意があると思うか?」
壁に寄りかかり、脱いだ三角帽を弄くる指先に反論できなくて。
「お前は焦っているんだろう。可愛いペットの誕生日は祝われても、自分の誕生日には何もないんだからな。」
ふっとからかうように歪んだ唇に、ちらりと見えた白い歯は確かに獣のようで。
「おれは故意に教えていないだけだ。教えたところで何になる?」
不機嫌に囁いた言葉は、カク達が鳴らしたクラッカーの音に紛れて届いているかわかりやしなくて。
自分の誕生日を知ったところで、どうせふたりの関係は変わりやしない。仕事前の朝の挨拶にお祝いの言葉が添えられるだけ。それを期待して何になる?ただ虚しいのが目に見えるだけではないか。

ぱたぱたと駆けてきたブーツの音に、はっと顔を上げれば菫色の瞳は宝石のように眩しくて。
「カリファ、あのね、」
上気した頬にドキリとすれば、壁に背を預けた同僚を見やって。
「カードの、中は、見てくれた?」
恥ずかしげに向けられた視線に、煌めいた表情はあまりに熱を持って愛らしくて。首を縦に振ることしか出来なくて。
ふわりと開いた瞳に、瞬時ルッチに向けられた視線は忙しく動いて。
「よかったですね。」
そう柔らかな作り笑いを浮かべた獣は胡散臭い。
「じゃあ、あとで、ね。」
赤くなった頬を押さえ背を向け駆けだしたスカートは踊るように揺れて、淡い裾が恋するように跳ねた。


「で?」
ちらりと向けた視線の先には、何でもない風を装う意地の悪い同僚。
「今年はまだお前に誕生日プレゼントを贈っていなかったからな。」
今までだってこれからも、贈り物など渡し合ったことなどありやしないのに。
「プレゼント代わりに、機会を与えただけだ。」
バースデーケーキの蝋燭のために暗くなった室内に、陽気な音楽が耳五月蝿くて。
「カードの中、なんて書いてあったんだ?」
ぽつりと尋ねた唇に、細まった瞳はぎらりと光って。
「さあな。おれのカードには、勘付かれないようにワインを用意しろと書かれていただけだからな。」
そう響いた声は甘く柔らかで、心底憎らしかった。
「カリファの喜ぶ顔が見たいから、と。」
フルーツの積まれたメインテーブルに大切に置かれたオイルが入っているはずのラッピングボックスに、まさかと瞳が見開かれて。
「喜んでいたぞ。お前の誕生日を知った長官は。」

音もなく扉に向かえば、自室に向かって駆ける。ゴミ箱の中、未だ眠っているだろう招待カードを思えば、少し前の自分があまりに馬鹿らしくて。
ばんと開いた扉に、駆け寄ったダストボックス。開くことなく落とされたそれはそのままの姿でそこにあって。ゆっくりと開いたカードの中には、小さな文字で綴られた今晩の待合場所。


「ワインにも少し細工を加えたんだが、あいつが気付くか見ものだな。」
鼻から零れた笑いはパーティーホールに溶けて、胸焼けしそうなほど甘ったるい生クリームの匂いが部屋を満たす。
キラキラ輝くライトに照らされた馬鹿な上司に、わかりやすく不器用な同僚。そのふたりがどうとなろうと勝手だが、自分の時間を邪魔されるのは解せなくて。手帳に記した今夜の仕事に斜線を引いて、ウォーターセブンに向かう海列車の時間を確認した。


キラキラ瞬くシャンデリアの下、退屈げにシャンパンを揺らすその様が愛おしくて堪らなくて。自分の誘いに乗ってくれたらしいその人に安堵して。
「今夜、ふたりきりで食事を。」
なんて、招待状に潜ませて。

「お誕生日、おめでとう。」

ファンクフリードに告げるふりをして、恋しい人へのお祝いの言葉を呟いた。




「おめでとう。私の大切な、愛しい人。」









2018.04.28
媚薬混じりの恋色ワイン。さて、酔いが早いのはどちら?





Back



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -