toy box



欲望と野良猫と、



その瞳も、その憎しみすら、


ふわりと向けられた視線の先には、この時期によく見る数匹の子猫。恋人の手のひらに舌を寄せるその様は可愛らしいというのだろう。
仕事の合間やランチの帰りに足を運ぶ路地裏は、野良猫の溜まり場。耳五月蝿い甘えた鳴き声に、足に擦りつけられた柔らかな腹が煩わしくとも、幸せそうに笑うパウリーに声をかける気になれなくて。
くりくりと大きな瞳は硝子玉のように瞬いて、まるで「貴方の本性はお見通し」とでも囁いているようで。ゴミ箱の影、腰を振って踊る二匹の口からはねっとりと耳に残る高い声。揺れる長い尾は畝って、すんと静かな心を挑発しているようで。
「また明日な。」
そう立ち上がった愛しい人の唇から漏れた、自分以外へ向けられた呟きが胸に刺さって。ぎらりと路地裏の暗闇で輝いた。

ぱたぱたと横たわる小さな毛皮を拾い集めれば、麻袋に詰め焼却場に放り込んだ。先程まで、玩具のように繰り返し響いていた鳴き声がやめば、あの空を思わせる瞳が自分だけを映す様を脳裏に浮かべて。にやり夜空に白い三日月が光る。


「最近、あいつら見なくなったよな。」
握り飯を頬張り、ぼんやりと呟いた恋人の傍にいるのは自分で。向かい合った席、伸ばした足が触れ合って。
「猫は気紛れだからな。」
なんて、ハットリを通して告げる。
どこか寂しげに伏せられた睫毛に、頬杖をついた恋人の前には自分しか居ないはずなのに。なぜだか自分だけに向けられるはずの心が別の方向を見ている気がして。
「どこに、いるんだろうな。」
哀しげに漏れた声はあの甘ったるい猫の喘ぎを思い出させて、青い瞳に映っていない自分の姿に喉が焼けるように熱くなって。するりと立ち上がった身体に愛しい人の腕を引く。
すんと息を吸った鼻先で大嫌いな匂いを探して、何も言わずに歩を進める。驚きながらも、後ろを歩くパウリーは文句ひとつ告げなくて。それほど、あの野良猫達との時間を欲しているのかと肺の奥がじんと熱を持つ。
嗅覚を頼りに着いた水路脇の橋の下。か弱い甘えるような鳴き声に、先程まで食べていた昼食の匂いに誘われ集まる子猫の姿。ぱっと見開いた瞳に、離した手から抜けた腕は遠ざかって、小さな存在に合わせしゃがみ込む身体は優しさに溢れた。
「前の奴らとは違うが、こんなところにもいたんだな。」
そう此方を見上げる瞳に安堵して、
「この島は暮らしやすいだろうし、あいつらも居心地のいい場所に移って元気にしてるのかもな。」
呟かれた言葉に、ごうごうと燃える麻袋を思い出す。
身体をくねらせ擦り寄る雄猫にふわふわと笑顔を見せる横顔が、あまりに無防備でまっすぐで。表情を変えもせず、子猫の頭に爪を伸ばした。


「今日は缶詰を用意したんだ。」
なんて笑う恋人の隣、並んで歩けば。暮れかけた夕日が真っ赤に空を染めて。
日課になりつつある水路脇の逢瀬。はじめは警戒を見せていた猫達も今は野良の面影もなくて。楽しげに触れ合う恋しい人に抱かれ、擦り寄り、舌を伸ばす。毎日繰り返される柔らかな時間に、付き合う自分はきっと甘くて。我慢強いと褒められてもいいほどで。
「今日もきたぞ。」
そう買い物袋を掲げ橋の下を覗いて明るく呟いたはずの唇が震えて。見開かれた瞳に映った幾つもの小さな死体に、弛んだ口元すら許されるべきだと熱い息を吐いた。
からんと落ちて凹んだ缶に、ぐったりとした猫に駆け寄る恋人。
「どうして、」
零れた声にとんと優しく肩を叩いて橋の影を指させば、大量の錠剤が混ざった固形の餌に、使用済みの注射器が転がっているのが見えて。
どこからどう見ても人間の手が加えられたのだろう痕跡に、金色の髪が逆立つように身体に力が籠もるのがわかって。
心の底から愉快で、下腹部がじわりと熱くなる。


シーツに隠れて腰を振れば、それはまるでゴミ箱の影の猫のようで。それでいて、高く漏れた恋人の声は心地よくて、葉巻の香りに包まれ肌をさらに密着させた。
「るっ、ち」
後ろから覆い被さって首筋を甘噛めば、呼ばれた名にうっとりと瞳を細め金糸に鼻先を埋めて。
抜き取った熱に、正面から抱き締めなおした身体は熱くて柔らかで。深い青に映る自分の姿に満足して。もう一度、繰り返された自身の名に、唇を寄せた。




ベッドの下、がさりと音を立て倒れた薬袋に、月夜に瞬くシリンダー。鼻につくキャットフードの匂いを忘れて。


罪の上で腰を揺すった。








2018.03.26
忌み嫌うように寄せられた眉間の皺に、満足げに甘く喉を鳴らした猫が鳴く。





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