toy box



戯言メリーゴーランド



廻る世界はメリーゴーランド。


薄く開いた瞳に映った寝室の天井がぐにゃりと歪めば、自分の吐く息さえ煩くて。怠い身体を起こして眼鏡をかける。ぼんやりと見つめた自身の部屋は硝子を通して見ても霞んで映って。後頭部を後ろに引かれるような感覚に、背筋を走る不自然な冷え。その反対に渇いて堪らない喉元は熱くて、瞳にたっぷりと涙の膜が張る。
電伝虫を手に欠勤連絡を入れれば、眼鏡を外して枕に鼻先を埋めた。風邪なんていつぶりだろうという単純な疑問に、体調を崩すほどの隙を作った自分に呆れて。それ以上考えられないと寝返りをうてば、さらりと頬に掛かった髪も気にせず瞳を閉じた。
「大丈夫なの?」
そう通信機越しに小さく返された上司の甘い声に、返事もせず置いた受話器。寂しげに睫毛を伏せる儚い横顔が脳裏に浮かべば、鼻から息を逃がしてゆったりとベッドに肩を沈める。


久々の深い眠りに、さわさわと窓から溢れる昼の光。
灰色の瓦礫の山に黒こげの路地裏を進めば、その先に柔らかな明かりが見えて。歩を早めついたそこは春らしい花の香りに甘く懐かしい匂いが満ちた淡い色彩の遊園地。人ひとり居ないそこは、絵本の中のように柔らかな色で溢れ、まるで主線のない世界。ちかちかと光る電灯すらほわりとして、様々な乗り物ゲートの最奥、僅かに聞こえた音楽に惹かれ足を早めた。
白い薔薇の木で作られた迷路の先、くるくると回る木馬は愛らしくて。桃色の屋根の下、走る馬車はクリーム色のカボチャを模して。子供じみたメリーゴーランドは止まることなくぐるぐると脳を支配して、パステルカラーのペガサスを目で追えば、ふと見慣れた薄紫の髪が揺れる。
「長官。」
漏れた声に気付きもせずに、白馬に乗って丸い舞台を輪を描くように進み続けるその人は、眠っているのかぴくりとも動かなくて。

プルプルプルプル

耳煩く響く警報に、墨を落としたかのように暗くなる世界。愛らしい眠り姫を乗せた木馬が遠くなれば、追いかけようと伸ばした腕と、駆けだした足に薔薇の蔓が絡まって。黒いブラックホールに吸い込まれ消える恋しい人の名前を叫んだ。


ガチャと電伝虫が切られる音と同時に、ベッドから落ちた身体に絡まった毛布。驚いたように見開かれた瞳は菫色に輝いて、手にしていたらしい通信機が胸に寄せられて。
「カリファ?」
やっと何が起こったのか理解したらしい淡い髪が揺れれば、慌てたようにしゃがみ込んだタイトスカートに、伸ばされた細い腕。非力な手に導かれてベッドに戻した重い身体にぼんやりとした思考では、もう何も考えたくなくて。額に掛かった前髪もそのままに、潤んだ瞳で華奢な手首を掴んで寄せる。
「急にきて、ごめんなさい。この間、渡された鍵、偽物だろうって思ってて。だから、どうせ入れないだろうってわかってて。でも心配で。」
怒っているとでも思っているのだろう、言い訳じみた声が震えて。ベッドサイドに置かれた花束がちかちかと脳に響く。
「だから、声をかけるつもりで。でも、寝てるなら起こしちゃいけないと思って。だからね、きっとダメだろうって思って、あの鍵を使ってみたの。」
フェイクに決まっているでしょうと告げながら渡したその鍵を、大切そうに首にかけたその様に胸が苦しくなって。今更ながら、どうしてあんなもの渡してしまったのだろうと考えかけて、やめた。

軽い身体を毛布に引き込んで、小さい疑問を遮るように熱い唇で口付けて。腰を抱いて、ひんやりと柔らかな体温を密着させる。こてんと合わせた額に、逃げる気の感じられない腕の中の人に甘ったるく溜息を吐いて。
「あなたがいないと夢から醒めてしまうから。」
そう熱からくる戯言を呟いて、そっと静かに瞳を閉じた。




ふわりと毛布に包んだ身体を乗せるのは木製のペガサスなんかじゃなくて、デスクに添えられた仕事用チェア。未だぼんやりとした視界にふらつく足で窓に手をかければ、眠ったままの相手に安堵して。
「全て、あなたの夢ですよ。」
そう暗示をかけるように囁いて、歪む外気へと飛び出した。

長官を仕事場に送り届けて戻った部屋は、いつもと違って甘い香りが残っていて。
何かを作りかけて焦がしたらしい鍋に、鼻歌交じりにベッドサイドに置かれた見舞い用のブーケ。煩く鳴り響く通信機を止めようと慌てて取ったのだろう受話器は外れていて。
ぐるぐると思考の中を巡る、眠っている間の見もしない記憶。それは淡く甘く、柔らかで。
「あなたのせい、ですよ。」
ぼふりと倒れ込んだ身体はまだ熱くて。とろとろと落ちた瞼は何故か心地よくて。


くるくる廻るメリーゴーランド。
歪んだ視界に、狂った思考。
真っ暗な夢の中、あなたを求めて。

「あなたがいないと夢から醒めてしまうから。」

なんて、狡い言葉に覆い隠して。
脳裏を巡る、甘い笑顔に寝息を吐いた。

温かさの残った毛布に、優しい香りが鼻先を掠めて。
乱れた髪と着崩れたシャツに目を瞑って、小さく小さく寝言を零した。




「このまま、傍に居てください。」









2018.03.25
これもそれも、全部戯言。





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