toy box



メレンゲドール



静かな夜にきらりと甘い夢をみる。


手のひらに乗せた泡にふうっと息掛ける唇は、つやりとしていて美味しそうで。ショートケーキの上の真っ赤な苺を思わせて。猫足のバスタブから延びる爪先は桃色で、纏め上げられた髪にきらきらと光の粒が踊った。いつもは陶器のように真っ白なはずの肌が温かな空気に色付いて、ふわりと柔らかな湯気に紛れて魅惑的に映って。
「ハクバ。」
そう零れた甘い声が、タイルに反射して耳に響いた。
向き合うように湯船に浸って泡に隠れた脚のやり場を考えながら、時折、聞こえる微かな鼻歌に耳を傾ければ、細く小さなそのさえずりに心がほわりと満たされて、あまりの幸福感に胸の奥がわなわなと震えた。
そっと伸びた指先に目元を隠す前髪を掻き上げられれば、皺の寄った眉間に溶けてしまいそうなほど熱い唇が触れて。生まれたままの姿で、肌を合わせる。
「ぼくと同じで綺麗な顔なのだから、恐い顔なんてしないで。」
からかうようにくすりと漏れた笑い声に下腹部がじんわりと熱くなるのがわかって、キメ細やかな頬を両手で包む。どうかしたのかと言いたげなきょとんとした瞳に、金色の睫毛は長くて。絡まった滴が粗目のようにチラチラ瞬いた。
胸元に押しつぶされたマシュマロに、飴細工を思わせる透き通った金色の髪。飴玉のような真っ青な瞳は純真で速まった鼓動すら見透かされているのでは、と不安になって。
誤魔化すように唇を重ねて、瞳を閉じた。

白を貴重とした柔らかな寝室には大きなベッドがあって、抱き上げた軽い身体をレースがふんだんにあしらわれたそこに降ろす。面倒だからと上だけ着せた自身の味気ないアイボリーのパジャマも相まって、クリームの中に腰掛けているかのような愛らしい人にまた思考がくらりとして。食い荒らしてしまいたいと焦る心を押さえ込む。
「ハクバは、寝ないの?」
ぺたりと座り込んだ長い脚は白くて、上しか着せていない寝間着の裾からちらりと覗いた総レースのショーツは淡い菫の砂糖漬け。すでにふわふわと瞼を重たげに欠伸を漏らした唇は、未だ湯上がりの温かさを残していて。
「オレは、」
もやもやとした心に、激しく燃え上がる破壊欲求。

果実のたっぷり乗ったホールケーキをフォークで滅多刺しにするように、この目の前の美しい人を無茶苦茶に壊せてしまえれば。とろりと柔いフォンダンショコラのように、切り裂いたそこから溢れ出る甘ったるい蜜を独り占めしてしまいたい、なんて考えて。
乱れた髪に、荒くなった息。溢れた大粒の涙が枕を濡らす様を思い浮かべれば、ごくりと喉が鳴って。

「今夜も、どこかに出かけちゃう?」
寂しげな問いにすっと思考が冷めれば、俯きぷくりと頬を膨らませたその表情が愛おしくて苦しくて。
「ぼくは、こんなに可愛いのに、ハクバは、いっつも傍にいてくれない。」
この愛らしい人を傷つけたくなくて、なのに、結局悲しませて。
眠たげに震える睫毛に、ぷくりと透明な膜を張る瞳は、今にも零れ落ちそうで。そっと細い肩を抱き寄せて、子供にするように背中をぽんぽんと撫でた。首筋に当てられた柔らかな口元に、腕に掛かる金糸はあまりに細くて夜の空気に溶けてしまいそうで。

「オレは、どこにもいかない。」
そう囁いて甘い香りの残る髪に鼻先を埋めれば、素肌に触れる相手のシャツと自身が身につけたズボンの境界線がクリーム色のそれで曖昧になって。
ふたりの影が月明かりにひとつに見えた。


「おやすみのキス。」
甘ったるい声に誘われて、小さな我が儘に従って。レースにまみれたベッドの中、そっと柔らかな身体を抱き締めた。




触れた唇は熱くて、胸を焦がして。
もう少しだけ寝かせた方が美味しいはずだ、なんて自分の欲求に理由を付けて言い訳までして。

「ぼくを食べて。」と告げる日を、そっと小さく願って囁く。


「おやすみ。オレのキャベンディッシュ。」









2018.03.04
握りつぶすは簡単なのに、優しく抱くのは難解で。メレンゲドールは夢をみる。






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