toy box



偽り鏡



腕の中の柔らかな体温に頬を寄せて。
「すぐに帰る。」
冷たい唇で囁いた。


ふわふわと揺れる金色の髪には未だ残った水滴が宝石のように瞬いて、メイクで隠されていない真っ白な肌が相まって、まるで観賞用に作られた人形のよう。
風呂上がりの愛しい人はソファーの上。手鏡を手に陶器のような肌を眺めては、うっとりと瞳を細め睫毛を揺らす。
「キャベンディッシュ。」
思わずぽつりと漏れた声はからりと掠れて、つり上がった瞳を隠す髪はざわつくように波打って。そっくりなふたりを他人に見せる。
「何?ハクバ。」
もこもことした温かなルームウエアに身を包んだ相手の、ちらりと眩しい視線に甘く向けられた声が心を震わせれば、そっと近付いて飴細工のように繊細な髪に指を伸ばした。
「まだ濡れている。」
くるりと丸まった愛らしい金糸を指に絡ませれば、
「ぼくは水も滴る良い女だから。」
なんて桃色の唇が艶めいて、雪のような白い頬が薔薇のように色付いた。
煌めく海の色の瞳は深くて、美しくて。この世のものではないようで。それでいて、懐かしくて心をぼんやり熱くする。
この感覚はまるで麻薬で。何かを滅茶苦茶に壊してしまいたいという欲求よりも、もっともっと強く酷い依存性があるようで。
「ハクバもそう思うでしょ?」
なのに長く伸びた睫毛が揺れれば、全てがまるでなかったことのようにも思われて。


満月色の髪に、空を映す瞳。真っ白な肌に、整った鼻筋。同じ色で同じ形なはずなのに、自分と目の前の存在の違いに絶望する。
カサついた髪は広がって、青いはずの瞳はつり上がって憎たらしくて。赤みのない肌は死人の如く冷たくて、つんとした横顔すら自身で恐ろしく思われた。
綺麗で繊細で、自分を愛せる、そんな才能がこの愛らしい人にはあって。ずっと隣にいた自分には、背伸びしたってちっとも届きやしなくて。
愛おしくて愛おしくて、壊したくて。ぐちゃぐちゃにしたいのに、そうすることを躊躇って。


そっと細い肩に掛けられたタオルを引き寄せ、ごちゃ混ぜの感情を拭い取ろうと、小さな頭を撫でるようにガサガサと混ぜれば、
「ハクバ、痛い。」
と手入れのされた整った指が手首に触れて、制止の声が掛かる。ふと動きを止め、タオルの下から覗く表情を見れば、ぷくりと膨らんだ頬は子供っぽいのに、
「もっと、優しくして。」
耳に届いた言葉は何だか夜の空気を纏っているように思われて。
覆い被さるようにソファーに軽い身体を倒せば、視線を絡めて速まる鼓動に息を吐く。何も考えてやいないらしい澄んだ瞳は瞬いて、困ったように薄く開いた唇はふっくらとして心を掴む。
嗚呼、あまりに愛おしい!嗚呼、嗚呼、あまりに狂おしい!

「望み通りに。」
心を偽るように静かに囁き首筋を指でなぞれば、ぴくりと震えた肩に、クッションに散らばった髪は無造作に踊って、じりじりと近付けた唇にやっと喰らえると口元が緩んだ。
ぱらりと落ちた自分の髪の隙間から、窓を通して漏れる星の光が溢れれば、部屋の温度が上がった気がして。


「キャベンディッシュ。」


そう囁いて柔らかな身体を抱き寄せて。うとうととし始めた可愛い人の背中を撫でる。
眠気からかぼんやりと上がった体温は子供のようで。安心しきって脱力した身体がぐっと重くなる。
「髪なら乾かしてやるから、寝るといい。」
視線を向けた時計の針はすでに深夜を指していて、ぐつぐつと内臓を焼くマグマのような欲望を押し殺して、限界近いその人の後頭部を撫で自らの肩に寄せる。
「でも、まだヘアオイルも、していない、し。」
宝石を隠して閉じた瞼に、こてんと肩に掛かる重み。
「寝室で、望むようにしてやるから。」
愛しい人を腕に立ち上がれば、既にすうすうと甘い寝息が首筋を擽って、言葉とは裏腹に甘えるように背に回された華奢な腕が愛おしくて。


寝室に置いてきた可愛い寝顔を思って、ずんと突き刺した刃物を引き抜けば、煩い悲鳴に真っ赤な血飛沫。夜空の真ん中、微笑む満月が眩しくて瞳を細めれば、揺れる髪が脳裏に過ぎって。わなわなと背筋が騒ぐ。背を向け逃げる男を追って、また腕を振るえば、どさりと地面に落ちる見知らぬ死体。
「まだ、足りない。」
叫びたいほど熱くなる胸に、掻きむしりたくなる喉元を押さえれば、月に吠えるように大きく鳴いた。




血塗れた衣服を棄て去れば、シャワーを浴びて身体を清める。甘い香りの残ったバスルームの湯気を吸い込めば、ゆっくりゆっくり息を吐いて、熱を持った想いに手を伸ばした。
濡れた髪をそのままに寝室の扉を開けば、見下ろした夢の中の人形は変わらずに美しくて。

白い額に躊躇いがちにキスをして、細い首筋に手を伸ばして。


「殺したいほど、愛している。」


さらりと肩に掛かった髪を梳いて、震える声で囁いた。










2018.03.04
壊したいほど恋しくて、壊せないほど愛してる。





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