toy box



人形の踊り



闇のように夜に馴染むショートドレスはパニエでふわりと甘く膨らんで。踏んだステップは軽やかで、ぐらりと傾いた身体を支えて唇を重ねた。


ちかちかと眩しいネオンは安っぽくて、低い舞台上、マイクを握る歌い手の口紅の色すら濁って見える。
カーテン越しに眺めた店内はざわざわと五月蝿くて、グラスのぶつかる軽やかな響きに混ざってガツンとテーブルに置かれたスーツケースの音が耳について。資料に載っていた写真を思い出せば、見覚えのある顔がちらり。これは予想以上にいい土産ができそうだ、なんてにやりとすれば、
「カリファ、」
小さく届いた恥ずかしげな声に、控え室の扉から覗いた色付いた頬。
「着替え終わりました?」
と意地悪く腕を引けば、揺れたレースの裾は短くて、
「はしたない格好ですね。」
ラベンダーカラーの髪を耳に掛けるフリをして囁いた。
一人では締められないだろう背面のリボンに手を掛ければ、薄汚れた壁に両手を付かせ白い背骨をなぞる。ドレスで隠してしまうのが勿体ないとすら思えるほど、滑らかで艶めいたそこにさらりと黒いリボンを通して、
「コルセットは、しないの?」
不安げな声にきつく後ろを締め上げれば、腰元で簡単には外れないようにと飾り結びをしてとめる。
「こんな飲み屋で雇われる踊り子ですよ?安上がりな装身具でないと逆に目立ちます。」
なんて、着せているドレスは高級品。
「ペティコートは着けました?」
人形を着せ替えるように、くるりと正面を向かせた相手にブラックパールの耳飾りをつければ、首元にも揃いのロングネックレスを掛けて。
「今夜は長官にも頑張っていただかないと。」
棚から手繰り寄せたオーガンジー帯を細い首に回して透かせば、
「本当に、私も、出なきゃだめ?」
長い睫毛がぽつりと漏れた声に振れた。
するすると巻き付けた首元のリボンはまるで首輪。見上げる瞳はとろりと潤んで小動物のようで、心の底をわなわなと熱くして。上品な刺繍のグローブを填めさせて、手首の飾り紐をきゅっと固く結べば、
「長官がここからひとりで逃げ出してくれるなら、おれだってこんな面倒なことしませんよ。あなたが居ない方がおれも動きやすいですし。」
甘い笑みを崩さず告げれば、ちらりと瞬いた瞳に涙が溜まるのがわかって、無性に胸が満たされる。
「わかったら、良い子にしていてくださいね。」
薄い板越しに聞こえるサキスフォーンの音に、ドラムのリズム。波打つように流れるピアノが心地よくて、手を引いて椅子に座らせれば、目元にパールのクリームシャドウ。透明感を損なわないように丁寧に筆で乗せられたリップは淡い桃色で、それをふっくらと包んだグロスは夢と現実を結ぶ柔らかな紫。切なげに揺れた飴細工を思わせる睫毛を隠すように、長いレースを傾けたヘッドドレスを飾れば、汚らしい部屋には不釣り合いな淑やかな人形がそこにはあって。
「おれの言う通りに動いてくださいね。」
綺麗だなんて、言ってやるつもりなんて更々なくて。履き慣れたブーツを脱がせば、高いヒールのダンスシューズに足を通して、スカートに鼻先を埋めれば足首のストラップを止めながら、黒レースがふんだんに使われたペティコートパンツに静かに笑って、白い腿に口付けた。
「おれたちはこのパブに雇われた今夜限りの踊り手です。長官はおれから離れず、流されているだけで構いません。」
立ち上がり、相手に合わせた黒手袋に指を通せば、きちりと着込んだバトラーを思わせる衣装を鏡に映す。
少し枯れた甘い歌声が途絶えれば斑な拍手に、荒くドアを叩く音。
「出番だぞ!」
そう告げられた言葉に、びくりと震えた肩が恋しくて、
「長官は楽しんでいればいいんですよ。」
真っ黒なヴェネチアンマスクを付ければ、薄紫の髪を撫でて、耳裏にふわりと息を吐いた。
「ベッドの上と同じように。」


カーテンを抜け薄暗い舞台前に向かえば、愛らしく着飾った人形に下衆な視線がじくじく刺さる。酔っぱらいの笑い声に、先程までとは打って変わって熱くなった空気。ピーピーと響く指笛に、深々と礼をすれば楽器隊に手を挙げる。
ゆったりとしていたテンポが、ドラムのスティックに操られるように速まればブラスが高く歌う。引き寄せていた腰を離せば、にやりと笑った口元を隠すようにステップを踏んで、軽い身体をくるりと回す。ふわふわと膨らんだスカートに頬に掛かる淡い髪が、靄がかった証明に照らされて、色素の薄い睫毛が切なげに伏せられれば、大輪の花を模した髪飾りに表情を隠すように広がったドットチュールは魅力的で、この腕の中の無能を可憐に美しく彩って。強く引き寄せた腰に、這うように手を滑らせ持ち上げた脚を肩に掛ければ、沸き立つ歓声に下腹部を密着させ身体をゆったりと傾けた。
いつしか、誰もの視線が暗闇のように漆黒の踊り手に引き寄せられて、舞台から離れ店内を舞い彷徨うふたりに気付きもしない。打ち合わせ通り、自然に切り替わったレコード音源に蓄音機の掠れが愛おしくて。
スーツケースが隠すように置かれたテーブルに近付けば、少し乱暴に愛らしい人を机に倒した。片手で細い両手首を押さえ込めば顎下に噛みつくふりをして、卓下の鞄に手を掛ければ、先が見えず脅えるようにターゲットに向けられた硝子玉のような視線が煌めいて。
掴んだ鞄を勢いよく振り上げ、がつんと降ろす。艶っぽい瞳に釘付けだった間抜け顔にめり込んだケースの角を引き寄せれば、資料で見慣れた男の顎を蹴り上げ、同時に軽い身体を抱き起こす。
喉がひゅっと鳴る音に短い悲鳴を予想すれば、
「恐いなら目を閉じていればいいですよ。」
なんて柔らかに微笑んで固いケースを相手に押しつければ、空いた手を震える腿に伸ばして隠していた銃を抜き取った。
「でも、この鞄は離さないでくださいね。」
きゅっと閉じられた瞼に良い子だと褒めるように鼻先を重ねて、熱く熱く囁けば、顔を真っ赤にして近付く男の眉間に弾を放った。

レコードに合わせ跳ねる銃声に軽やかなステップが響けば、拍を無視して床に倒れる巨体を避けて踊る。無関係らしい一般人の波が出口に向かえば、紛れるようにして扉に向かう関係者を視界に捉えて。艶めく黒真珠を手に掛けリボンが飾る首筋から抜き取って、投げ輪のように男の首に引っかけ素早くパールを絡ませる。交差を繰り返すネックレスに、対に揺れていた球体がペアを作るようにひとつの線になって、強く引かれた衝撃で爆ぜた瞬きと共に、男の身体が机にぶつかる。
さっと離した身体の隙間、通った銃弾を見過ごして。瞬時、抱き寄せた身体を屈め唇を重ねれば、頭上を通った酒瓶が壁に当たって割れて、煌めいて散った。
次に来るであろう攻撃に視線を上げようと口元を離せば、鞄を抱いていた片腕が伸びてぎゅうっと背中に回されて、
「我が儘ですね。」
驚き見開いた瞳を細めれば、蝶を思わせる背中のリボンをゆっくり解いた。
はらりと見えた陶器のような背筋に沿って、丁寧に布に包まれた鞭が溢れれば、
「そろそろベッドタイムのようなので。」
ぱしんと床を打ち秘めた武器を伸ばした口元が、ゆったりと弧を描いた。


「恐いここで長居してもいいですが、どうします?」
そう尋ねた甘ったるい声に、静かな空気が震えて。
「早く、帰りたい。」
なんて、可愛い声が小さく零れる。

「痛いのは、好き?」
未だ瞳を閉じたままの愛おしい人に問えば、
「カリファが、好き、なら。」
なんて、きっとベッドでの行為を思った、鼻に掛かった甘い声が胸元に響いて。


「ということなので。」


なんでもない風に呟いて、靴底で呻いた頭部にぐっと深く踏み込んだ。









2018.02.04
糸を絡めた操り人形。解く間すらなく、また踊る。






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