toy box



ただただ甘い、



ふわり、やわらかな冬の光。
灰色の空はどこまでも伸びていて、太陽も雨雲もない一色のそれは、夜さえこないのではと錯覚させる。葉を落とした木々はただ静かに立っていて、白く固い蕾を付けた枝が儚げに身を縮ませ、凛とした空気に溶けてしまいそうで。
寝ころんだ大地はしっとりと冷たくて、吐く息は純白。雪が降れば、もっとロマンチックなのに、と睫毛をそっと震わせた。

「長官。」
そう、名前すらろくに呼んでくれない光を背にしたその人は、きっと蕩けるような優しい笑顔。
「そんな所で寝たままでは身体が冷えますよ。」
静かに告げられた言葉は、コーヒーに落とした角砂糖のように、ほろりと溶けて。
何かを伝えようと開きかけた唇が、ゆっくりと閉じた。

ただただ広い空き地の真ん中、息を吐くのはふたりだけ。
唇から零れた空気はお互いに届かないほど遠いけれど、絡まる視線は確かにまっすぐで。
「帰ったら、コーヒーとタルトを。」
視線に入った真っ赤な果実に、大粒の苺と甘酸っぱいラズベリーを浮かべれば、
「でも、その前にシャワーですね。」
なんて、クリームのような泡がふわふわと降ってきて、温かな湯気に包まれたバスルームを思わせる。
俯いた拍子にはらりと額にかかった金色の髪が灰色の空を映して。透き通った肌に視線が奪われれば、ゆっくりとしゃがみ込んだ恋しい人の飴玉のように深い瞳に捕らわれて。まるで夢の世界のようだ、なんて、ぼんやりと考えた。
「おれだけ、見てください。」
近付いた黒手袋に肩が跳ねれば、困ったように笑った口元に泣きたくなって。
「恐くないですから。」
口を使い、さらりと黒を脱した指先が頬に触れて。


「なら、キスして。」
なんて、我が儘を言ってみる。




はだけた胸元は、もう寒さを感じないほどで。脱がされたコートは、遠く離れた木の根本に引っかかってバサリと音を立てた。
細い腰に馬乗りになっている見も知らぬ男には、鞭によってできた絞首痕。真っ赤に変色した顔は厚い泡に覆われて見えはしなくて。未だ、太い首元に絡まった線の先をきゅっと絞め握る手には真っ黒なグローブ。

「大丈夫ですよ。」
温かで低い声は、昨晩ベッドの上で聞いたものと変わりなくて。
「すぐに、死にますから。」
そうキリキリと鞭を引くその手は、確かに自分に優しく触れていて。打たれて赤くなった頬を労るように撫でる指先に、落とされた視線は柔らかで。


吐き気さえする恐怖に、この場から離れたくて溜まらなくて。求めるべき相手に向けた視界の邪魔をする存在を、自分の腰にずっしりと乗った真実を消し去りたくて。愛おしい人に腕を伸ばす。
幸せそうに向けられた両手に、支えを失ったそれはぐらりと揺れて、地面に落ちて。


「キスは、帰ってからにしましょうか。」


そう囁く声は、ただただ、恐ろしいほどに甘く溶けた。








2018.02.01
甘い甘い恐怖に溺れて、わたしはいったいどこまで沈む?





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