toy box



Strega



むっと尖らせた唇は艶めいて、多色のラメが煌めいた。


「これ、わたしの仕事じゃないけど。」
そう向けられる凛とした視線は、人形のような非現実的な美しさに花を添えて。
「これも、これも!全部できあがった状態で出してちょうだい!」
宙を舞った資料の隙間から覗く眉間に寄った皺すら麗しい。
「申し訳ありません!長官!」
なんて敬礼してみせる海兵達は、きっと彫刻のように白く滑らかな肌と、従って当然だという女王様の態度に、自分たちが理不尽な要求をされているのだと気付いていなくて。
司法の塔に並ぶ窓を眺め、ぼんやりと紫煙を吐いてずりずりとしゃがみこめば。そんな表情、自分の前では見せないくせに、なんて雲に紛れる息を見上げて、青すぎる空にゆっくりと瞳を閉じた。
高く煩い我が儘が大きく開いた窓から溢れて、小鳥のさえずりを思わせる。城のような白い大きな建物に、絵の具チューブからそのまま塗りつけたような一色の空。浮かんだ雲すら作り物のようで、御伽話の世界が見えて。
「私、したいこと以外はしないから。」
揺れる透き通った髪は、まるで魔法。つんと告げられた言葉は冷たいのに波打つ淡い糸がそれを中和して、煌めく瞳を飾る長い睫毛が、何もかもを許したいという気持ちにさせる。
細く真っ白な脚が組み変われば、操り人形のような部下達の視線がそこに吸い込まれて、
「このコーヒー、美味しくない。」
ことりと置かれたマグに、
「もう疲れたから、その話は明日にして。」
くすりともしない唇から漏れた吐息は冷たく溶けた。


自分勝手なお姫様の傍らには、愛らしい像が一頭寄り添っていて。猫足バスタブから伸びた細い腕が、長い鼻に触れれば、柔らかな笑みが零れて睫毛が揺れた。ふわふわとしゃぼんの舞う世界は透明の箱のようで、子供っぽい笑顔に跳ねる声を閉じこめ捕らえているようで。
手にした酒瓶が太陽の光に瞬けば、不用心にも鍵の掛かっていないバルコニーから部屋に進む。角度を変えたソファに腰掛け、鏡越しに硝子張りのバスルームを眺めれば、湯を掛け合いじゃれる様は、絵本の中の無邪気な少女のようで。ふわりと温かな空気の中、色付いた頬は甘い桃色。
この姿もふたりきりでは見せはしないな、と立ち上がれば、白い棚の上に置かれた水色のコーヒーメーカーに触れる。シャワーの音に外れた鼻歌が聞こえれば、ぽこぽこと漏れたコーヒーの香りが部屋を満たして。
先に出てきたらしいファンクフリードに微笑んで人差し指を唇に当てれば、大人しくも短剣に代わった軽い身体を机に乗せた。
飴細工に似た甘ったるいシャンプーの香りに、生クリームのようなキメ細やかな泡が、魔女の住むお菓子の家を思わせて。
柔らかな菫色のマグにコーヒーを注げば、手にしていた瓶からとぷとぷと鮮やかな黄色を注いで混ぜた。


カップを片手に硝子戸を開けば、驚いたように丸くなった瞳に浴槽の泡が揺れる。
「窓が開いていたので。」
ふわりと告げれば、なんと返すべきなのか探るように泳ぐ視線がもどかしくて。そっと近づき濡れた髪に触れた。困ったように下げられた眉に温かなコーヒーを差し出せば、海兵に向けられた言葉を思い出しながら、甘く優しく言葉を紡ぐ。
「長官は美味しいコーヒーがお好きなようので煎れてみたのですが、お口に合うかどうか。」
泡を纏った指先がそっと包んだカップからは、ほわりと魅惑的なアルコールの香り。
「隠し味は?」
そう、震えた声に代わらぬ笑みを向ければ、
「毒ではないですよ。」
なんて、浴槽の淵に腰掛けた。
鏡越しに見えた丸テーブルの上には、短剣の隣に置かれたリキュール瓶があって。そんなこと気がつきもしない人魚姫の肩は揺れた。
飲むことしか許されない空気に、そっとカップに触れた唇はふっくらとして淡くて。暗闇を思わせる液体に反射して、眩しくて。
こくこくと鳴る喉に、指を這わせば、
「美味しいなら、全部飲み干してくださいね。」
耳朶にキスをして、魔法の言葉を囁いた。
「おれの事、すきならがんばってみせて。」
それはそれは、甘ったるく冷たくて。心を惑わす悪い呪文。


くったりとした身体を抱いてサフランの花が飾られた寝室に向かえば、バスタオルで包んだままの柔らかな存在をベッドに静かに降ろす。
「水を取ってきます。」
そう囁いて離れようとすれば、思った通りに潤んだ瞳に細い腕がぎゅうっとシャツを掴んで。
「ここに、いて。」
なんて、甘い声が部屋を満たす。
「コーヒーはお口に合いました?」
そう意地悪に尋ねれば、ふわふわした思考で頷くその人の頬を撫でて、起こした肩から落ちたタオルが揺れる。
「ちゃんと言葉にして、声に出して、答えてください。」
親指で触れた唇にこつんと額を重ねれば、熱い息を吐いて。
「長官の声を、聞かせてください。」
なんて願うふりをして、先を促した。
「美味しかった。カリファが、煎れてくれるコーヒーが一番、すき、だから。」
色素の薄い睫毛は透き通るように透明で、涙に溶けて消えてしまいそうで。上気した頬に、つられるように熱くなった肌。
アルコールに溺れ、痺れた脳はきっと正常に動いてはいなくて。貪欲で少し我儘で、それがあまりに愛おしくて。
「もっと、おれに、煎れてほしい?」
静かに額を離して優しく微笑めば、幸せそうに細まった瞳が美しくて。
「煎れて、ほしい。」
そう呟いた唇に、ベッドサイドに置かれた口紅が目について。
「おれに挿れてほしい?」
小さな顎を支えて、深い紫のリップを淡い口元にそっと滑らせれば、
「カリファを、挿れて、ほしい。」
暗示にかかったように艶めいた唇がぽつりと返せば、ベッドが鳴いて、ふたつの影がひとつになった。




仕事場では冷たい人形で、ひとりきりの時間は愛らしい少女。ふたりの時にはか弱い金魚のような相手を、生まれたままの格好で抱いて。
「本当の貴女はどれですか?」
なんて呟いたところで、魔法にかかったままの蕩けた瞳は自分しか映していなくて。

魔女のように煌めいた紫の唇に、そっと口付け吐息をはいた。


「魔法にかかっているのは、どっち?」









2018.01.28
お姫様はたくさんいるのに、どんな絵本を開いても変わらないのは悪い魔女だけ。





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