toy box



ラムネ瓶の硝子玉



宝石よりも何よりも。
手に入れたいと、そう願う。


「カリファ!見せたいものがあるの!」
そう煌めく声に躊躇いなく開け広げられた扉は、ふわりとしゃぼんを飛ばして。ぼんやりとした視界を冷えた空気がすっと晴らす。
「長官、他人の部屋に入る際はノックするのがマナーでは?」
泡に溢れた浴槽の中、興味なく呟けば、慌てたように逸らされた視線に真っ赤に色付く頬。
「バスタイムだとは思わなくて。その、また時間をあけてくるから、」
なんて、今更、部屋を出ようとする相手の側、ドア前の床に泡を飛ばして足を取れば、予想通りにつるりと滑ったブーツのヒール。勢いよくぶつかった金庫に、壁から伝わった衝撃が届いて部屋の扉が静かに閉まって。
「いいですよ、もう出るつもりでしたし。」
くすりと笑って手招いた。
腰を撫でながら立ち上がる上司の手にあるそれにちらりと視線をやれば、淡い水色の括れた瓶に部屋の照明が反射して、きらきらと光って。それはまるで宝石のよう。
さっと引いたロールスクリーンの影、ざぱりと湯から上がれば身体を拭きつつ、近付く相手の気配を感じる。用意しておいたスラックスに足を通して、ギベオンを思わせるカラーシャツを羽織る。寛いだ胸元をそのままに清潔な白いタオルで髪を掻き上げれば、からんとバスタブの淵に硝子の触れる音がして。眼鏡を掛け直して、ふわり小さく微笑んだ。

「あのね、これ、見せたくて。」
伏せた睫毛は繊細で、緊張しているのかいつも以上に小刻みに揺れる。怒られるのではと考えているのだろう、涙の溜まった瞳に艶めいた唇は赤くて。
「ただの瓶でしょう。飲み物が入った。」
その物の正体を知りながらも、相手の隣、浴槽の淵に腰掛ければ、ぱっと明るくなった表情に単純な奴だと内心苦笑して。
「違うの。これね、蓋に硝子玉が隠れてて、開けると瓶の中に落ちるの。」
そう、幼子のように興奮気味に話す様が、あまりに世間知らずで、それでいて無性に透明に思えて、
「なら、見せてください。開けるところ。」
相手を困らせようと囁いた。
ふわりと抱き寄せて、甘い視線を向ければ、まだ乾いていない金糸からぽたりと相手の胸元に雫が落ちて。
「特殊な形ですし、開けるのは難しいんでしょう。」
太腿を撫で上げれば、ぴくりと震えた肩に、小さく喉が鳴るのがわかって。
「でも、そういうことできる人って、魅力的ですよね。」
不安げに向けられる瞳の中、光ったダイヤに気付かないふりをする。
「さっき、見ただけで、うまくできないかも、しれないけど。」
機嫌を窺うように告げる声は臆病で、長く整えられた指先が瓶の蓋に触れる。


ぽんという軽い音に、しゅわしゅわと溢れる甘い泡は、バスタブに腰掛けたタイトスカートを濡らして、からんと瓶の中の玉が笑うように鳴った。
驚いたように見開かれた瞳に自分が映って、馬鹿な人だと頬を撫でる。冷たい柔らかな皮膚は、真珠のように滑らかで、それでいて淡い桃色で。
「開ける時にこれだけ減ってしまっては、飲む分は少しですね。」
相手の手から奪った瓶を振ってみせれば、硝子玉が瞬いて。髪を拭いていたタオルを相手の膝に掛けてやる。
「それに、開ける度に服を着替えないと。」
そっと寄せた視線に、しゃぼんが舞って。
「ちがうの、さっき見せてもらった時は、」
なんて言い訳しようとする唇に口付けて黙らせれば、顎を掴んで角度を変える。
そっと伸ばし触れ合った舌先は柔らかで、並びの良い歯列を撫でれば上顎をくすぐって。腰に回した腕で、しゅわしゅわと泡の弾けるスカートを抱き寄せれば、慌てたように肩を押す手のひらに、後退る軽い身体。静かに開いた瞳に映ったのは、着替えたばかりの衣服を汚さぬようにと気遣い下げられた形の良い眉。
浴槽ギリギリの腰にぐっと身体を寄せ、相手を支えていた腕から力を抜けば、ふっと浮いた脚に傾く身体。置いてきぼりの波打つ髪が煌めけば、真珠の海へどぼんと落ちて。
溺れる前に手首を引いた。

泡の中、立ち上がり、けほけほと咳き込む相手に静かに笑えば、バスタオルを手に相手を抱き締める。
「お湯、飲んじゃいました?」
とんとんと背中を撫で、優しい声で尋ねれば、淡い紫に煌めくオパールは、ぱちんと弾けて消える。
ぺたりと張り付いたレースのシャツに、薄桃色の下着がくっきりと浮かんで見えて、息苦しげに上下する胸元は紅水晶。
「このままだと冷えるでしょうし、着替えないと。」
そう濡れるのも気にせず相手を抱き上げれば、泡を纏った髪を掻き上げ額にキスをして。
「少し待っていてください。タオルを取ってきますから。」
そう、微笑んでロールクスリーンをさっと降ろす。


手にしたままだったガラス瓶に口を付け、甘ったるい液体を飲み干せば、からんと鳴るそれを手に扉の側、ランプ下に置かれた大きな金庫に近付いて。冷たい瞳で見下ろせば、鍵を解いて扉を開く。
金庫の中には大量のタオルと、目隠しをされギチギチに詰め込まれた男が3人。鞭によって縛り上げられた身体に、口元には粘着テープ。
眼鏡を通して微笑んだ目元に、弧を描いた唇は恐いほど美しくて。ちらりと逸れた視線は浴槽の側、腰掛け脚を揺らす可憐な影。
「そろそろ遊ぶ約束でしたが、少し予定ができました。」
そう優しい声音で、金庫の中、隙間に押し込まれたタオルに塩素系漂白剤を大量に吸わせれば、
「喉が渇いたら飲んでもいいですよ。まぁ、飲めないでしょうけど。」
独り言ちながら、空になった瓶にトプトプとクエン酸を注いで、金庫上部に押し込まれた男の脇に溢れないように斜めに差し込んだ。
「その瓶、綺麗でしょう。中の硝子玉もA級品。」
何やら呻いたその声を遮るようにゆったりと扉を閉めれば、またダイヤルを回して。
「運が良ければ硝子玉に助けられるかも。」
なんて、ドンと強く金庫を蹴り上げ、運試しのサイコロのように転がした。


「カリファ?」
不安げに立ち上がったその人の瞳には柔らかなしゃぼんが映って。スクリーンからそっと覗いた髪すら繊細で。
「タオルが見つからないので、長官の寝室にお邪魔しても?」
そう手袋を外して、床に投げた。




子供ですら知る瓶入り飲料にはしゃぐ無知な人は、きっとこの部屋の小さな死刑場を知る由もなく。塩素ガスに満ちた狭い空間、男たちの悲鳴すら聞こえない。


潤む瞳はアメジスト、髪に煌めく真珠玉。
色付いた胸元は紅水晶を想わせるのに、この人はあまりに純真で、まっ透明で。


「瓶入りの硝子玉。」


ぽつりと漏れた声に、きょとんと見つめる表情が愛おしくって、狂おしい。









2018.01.24
瓶の中に閉じ込めたって、貴方はキラキラ瞬くから。





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