toy box



ひとりの秘密


真っ赤に染まった刃に、荒くなった息。
「どう、しよう。」
そう、しがみついて震える肩に、この人は本当にこの仕事には不向きだなと、そっと背を撫でて、小さくぽつりと呟いた。
「ふたりの秘密にしましょうか。」


もくもくと煙の上がる窓辺から部屋の中を覗けば、震えた両手でナイフを握る見慣れた影。
「長官?」
未だに煙たさの残る空気を掻き分け近付いてみれば、小さなホテルの一室、今にも泣き出しそうな長官の足元は赤い海。その中にぐったりと倒れ込んだ小太りな男は何処かで目にした政府の関係者。
「ちがう、の。」
脅えたように震えた声は細くて、折れてしまいそうで。
「この人が、苦しんでて、それで部屋に入ったら、襲われて。だから、だから、」
混乱しているのか、はらはらと視線を泳がせる様にそっと近付いて短剣を奪えば、血を払うようにさっと振って。薄紫色の後頭部に手を添えて、自分の肩へと抱き寄せる。
「落ち着いてください。ほら、しっかり息をして。」
とんとんと背中を撫でれば、未だに浅い呼吸にぎゅうっと腰に回された腕が恐怖を物語っていて。

やっとのこと話せる状態になったその人によれば、元々、この男とは面識があり今夜はこの部屋で話をする予定だったらしい。ただ、約束の時間になっても扉を開けてくれない相手にノブに手を掛けてみれば、音もなく開いた扉の隙間、ベッドで跳ねる脚が見えて。もがき苦しんでいるらしい鈍い声に、バタバタと宙を蹴る様が痛々しくて、何かの発作かもと部屋に進めば、いきなり響いた破裂音に部屋に溢れる白煙。驚き足を止めた瞬間、はっと腰にさしていたナイフを構えれば、周りを見渡し静かに耳を澄ませる。途端、目の前に勢いよく立ち上がった異様な影が現れて、危ないと思った瞬間に大きな男の腹部に護身用の短剣が深々と刺さって、抜けた。パシンと何かがしなる音に、落ちる身体は床に跳ねて。
気付けば男は事切れていたらしい。

「ということは、長官が殺したんですね?」
白い頬を撫でて温かな声で尋ねれば、見開いた瞳に涙が浮かんで。
「飛びかかってきたの、だから、」
身体を寄せ、離れたがらない相手を膝に座らせたまま、柔らかな髪を耳にかけてやれば、そっと息を吐いて。
「長官の話では正当防衛。でも、それを誰が信じるんですか?」
約束をした相手と会って、交渉決裂。口論の末、相手を護身用ナイフで一突き。それを火事に見せかけて、騒動のうちに部屋を片付け、大勢の客に紛れて逃亡、なんてなくはない話で。
冷たく動かない男の瞳は宙を見て濁っていて。開いたままの唇からだらだらと唾液が漏れて。

「カリファは、信じて、くれないの?」

シャツを握り締め、ついには大粒の涙を零し始めた可愛い人を、意地悪くも引き離すと両頬を包んで視線を交わす。
「おれが信じても、世間はどうでしょうか。」
目下を優しく親指でなぞれば、ぽろぽろと止まらない雨に頬が赤く色付いて。
「どう、しよう。」
小さく掠れた声が部屋の空気に溶けた。


今回のターゲットは政府関係者。世間が知りもしない地底奥底の莫大な情報を得ているくせに、なにやら他所でも深い危うい交流を持っているらしい、政府にとってもはや「不要」な人物。近日、此方の動きに勘付いてか、長官とのコンタクトも多くなっているらしい相手は、都合がいいことに安ホテルの一室でひとりきり。大きな窓にカーテン越しに見える動きは、どうやら誰かと待ち合わせをしているらしくて。
「待っているのは、おれではないですよね?」
とんと窓枠に降り立てば、声も出せずに背を向け逃げ出そうとする相手の首筋に鞭を巻き付け引き寄せた。ぼんっとつんのめり転げたベッドに、そのままギリギリと鞭を絞めると、泡を吐きながらも助けを求めもがく間抜けな豚のような足。窓枠にしゃがみ込んで、のんびりと見つめたその顔は赤くなったり青くなったり忙しなくて。
「返事くらいしてくれないと。これから誰と約束を?」
答えなんて聞く気はないが、それでも助かる道があるのだと勘違いした相手の必死な様子が可笑しくて。ぱくぱくと動く唇に、
「聞こえませんね。」
最後に笑って、鞭を持つ手にキュッと力を込めた。
途端、扉の開く音がして。手にしていた発煙玉を部屋の中にぽんと投げる。瞬時、靄のかかった部屋の中、回収するために鞭を引き寄せれば、駒のように掛かった遠心力に、立ち上がった死体がまるで生きているようで。
さっと飛び立った空中で、待ち合わせ相手らしい人物を確認すれば、揺れる淡い髪に潤む甘い瞳。
「嗚呼、なるほど。」
そう呟くが早いか、再度、ふわりと足を掛けた窓枠に、この状況があまりに愉快で。

「長官?」

優しい声で囁いて、慰めるようにキスをして。相手から奪い、未だ手の中にあるナイフを揺らして、息を吐いた。


真っ赤に染まった刃に、荒くなった息。
「どう、しよう。」
そう、しがみついて震える肩に、おれにとってこの仕事は天職かもなと、そっと背を撫でて、小さくぽつりと呟いた。


「ふたりの秘密にしましょうか。」








2018.01.21
アナタの秘密を知っていたって、アナタは秘密を知りやしない。





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