toy box



月の約束


揺れる白い波に、潤む視界。
愛おしい黒髪に手を伸ばせば、甘い吐息に満たされて。


引き寄せられたままに重なった唇。シャワーを浴びる隙すら与えてくれない恋人の背中に腕を回せば、きゅうっと熱を持つ下腹部を押しつけて、熱い口内に舌を伸ばす。少し遅れて聞こえたオートロックの扉の閉まる音に、薄暗い部屋が静かになって。ぬるりとした舌使いに懸命に従えば、歯列をなぞった後に、優しく撫でられた上顎に甘ったるい声が漏れる。
こんなに恥ずかしい行為が気持ちいいなんて、柔らかな体温に出会うまでは知らなくて。まるで、自分が悪いことをしているようで。その罪悪感すら心拍数を上げて、この時間に期待を膨らませる。すでに知らなくていいはずの行為を教え込まれた小さな穴蔵がぐずぐず疼いて、今すぐにでも、と声を上げそうになる口元を閉じようとすれば、ねじ込まれた舌がそれを許してはくれなくて。
泣きたくなるほどの長くとろける口付け。早く先へ進んでくれと願う反面、この生温い時間すら恋しくて。

この数日、野暮用があると島を出ていたルッチの瞳は真っ直ぐで何処か冷たくて。何故だか自分から離れてしまうのでは、なんて不安になった。そんなこと本人に言えるはずもなければ、引き留めもできないくせに。
仕事終わりについてこいと腕を引かれ訪れたのは、仕事仲間とよく行く酒場のすぐ傍の安ホテル。ピンクのネオンに綴られた艶めかしい名と、値段表示が下品にすら感じられる露骨すぎる連れ込み宿。
甘い時間はたいてい、お互いの自宅で過ごすふたりにとっては不釣合いなこの場所に、いつもの酒場の間違いでは無いかと瞳を覗けば、ホテル前の道端でするりと腰を撫でられて耳元にそっと温かな息がかかる。甘えるように、はまれた耳朶に力が抜ければ、そっとシャツの裾から入ってきた手の平にお構いなしに脇腹を撫でられて。
とろけ始めた視界に入った行きつけの酒屋の看板に、脳裏に浮かんだ職人達の酔った笑顔。まるで笑い声すら聞こえる気がして。「混乱を避けるためにもふたりの関係は秘密にしよう」と眉を下げた恋人の表情が、ちかちかとちらつけば、葉巻を落として目の前の愛しい人を抱きしめた。
久々に会えた嬉しさで、今は動顛しているだけ。もしかしたら、この数日の野暮用でルッチにとって何か引っかかる出来事があったのかもしれない。口のきけない恋人はそんな辛い思いを溜め込んでも決して言葉にはしない。そう思えば、今の行動だっておかしくはなくて、必要なものだと考えられて。そんな風に言い訳に言い訳を塗り重ねて、優しく白い両頬を手の平で包んで、触れるだけのキスをした。
「今晩は、このホテルで、抱いてくれ。」
仕事仲間に見られるかもしれないこんな場所で、こんな言葉を甘えた表情で漏らして。赤くなる頬を隠し、玄関を進む。城を模した建物は何度みたって安っぽくて、目を閉じて息を吐いた。

唇を貪りながらも、外されたゴーグルに優しく壁に押しつけられた背中。いつものようにするりと抜かれたベルトに、すとんと落ちたズボン。酸素の不足した頭で羞恥に拒絶を示すも、意地悪な恋人の指先は下着越しに秘部をぐりぐりと刺激して。角度を変えて合わさった唇に、相手の膝が自らの熱くなったそこに当てられて、鼻から繰り返し高い声が溢れる。
いつのまにか脱いだらしいシルクハットはきちんとポールハンガーに掛かっているのに、ソファーに投げられたゴーグルに、未だ足首に引っかかったままの空色のズボンは自分の足に踏みつぶされてグシャグシャで。まるで、ふたりの心情を表しているようで。
何時間にも思われた口付けに、すでにグズグズの脳内。乱暴なくらいに強引に脱がされ投げられたズボンを視線で追う余裕もなくベッドに転がされれば、今すぐにでもほしい相手の熱に自ら下着に手をかけて。その手首を掴まれる。外されたサスペンダーに両手を拘束されればベッドヘッドに繋がれて、仰向けの状態で膝裏を撫でつけるように持ち上げられれば自然に腰があがって、軋む身体に脱力しながら膝をシーツに押しつけられれば、何もかもを晒したその情けない格好に息が上がる。顔を隠してしまいたくとも叶わずに、まるでおしめを替える赤ん坊のような体勢に下着越しのそれがむくむくと欲を満たす。下着一枚の下半身と違って、ジャケットすら脱がず着せられたままの上半身がちぐはぐで、一層、羞恥心が高まって。
器用に脱ぎ捨てられたタンクトップに、弛められたズボンの隙間。見慣れたはずの赤黒いそれが愛おしくて、後ろがきゅうっと収縮する。口の中に溜まった唾液に、期待に跳ねる腰を止めることができなくて。媚びるように向けた視線を無視するように、布越しに熱いそれが尻の割れ目に沿って、後ろから玉までをゆっくりとスライドする。
疑似的な結合に、思考が沸騰するも、満たされない快楽にもどかしくて涙が溢れる。
「ルッチ、ルッチ・・・!」
掠れた声で何度も名を呼んだって、誰が寝たかもしれないベッドの上、ただの摩擦行為は終わらない。どちらのものとはつかない透明な体液が染みを作るも、ねたねたとした刺激は永遠と続く。
まるでマーキングともとれるこの行為に、恋人はいったい何を望むのだろうか。野暮用から帰って一度も笑わない口元に、堅いベッド。ふと見つめた黒い瞳にはカーテンから漏れた月明かり。半分に割れたその白い宝石の光すら冷たくて、降ってくる息すら生温く感じて。
「ルッチ、」
静かにそっと囁いて、
「逆らわない、から・・・外して、くれ。」
ベッドヘッドに繋がれた手首を見やれば、止まった行為に腰が疼く。
するりと解放された腕で自ら足を抱えれば、染みのできた下着を晒しての服従のポーズ。相手に従うという意志を示せば、ぎらりとした瞳に熱いキスが降ってきて、また擦りつけられる腰が密着する。ゆっくりと相手の背中に腕を回して、見せたくないと頑なな背中の傷を腕に感じる。まだ子供だった頃についた傷だとは聞いたが、それ以上のことは何も言わないその瞳に、それ以上を聞く気にはなれなくて。もしかすれば、恋人の口から漏れることのない親の絡んだ事故なのかもしれない、なんてぼんやりと考えて。いつかこの秘密も打ち明けてくれるだろうか、と焦れったさに逸らせた視線に映った半月にそっと漏らした。
相手に貪られるように覆い被さったまま繰り返される疑似交尾がゆったりとした動きで終わると、甘えるように首筋を舐められて。ざらついた舌に高い声が響けば細い指が喉奥に延びる。ぐちゅぐちゅと掻き混ぜられる唾液に、上顎を引っかけるように曲げられた指先に導かれ身体を起こせば、てらてらとした相手の性器が視界を満たす。
一言も発さないながらも相手の意図は明らかで、何も言わないからこそ、この行為は自身の同意の上、いや、それ以上に自分の欲求が強いものなのだと思い知らされて。
口から抜けた指に、何もしないならと離れる身体。
「ちゃんと、する、から。」
呼び止めるように漏らした声に大きな手の平が頬を包んで、不満げに潜められた眉に心が跳ねる。するすると目元を滑る親指に肩が震えれば、唇が赤く色付いて。ちがうよな、なんて確認するように向けられた視線に逆らえなくて。
「ルッチの、舐めさせて、くれ。あとで、痛く、ないように。」
言い訳じみた理由を添えたって、望んでいる行為はあまりに品がなくて、発情した獣のよう。
熱い先端に唇を寄せて、媚びるようにキスをすれば、恋人の表情を見上げる。こんな破廉恥な行為を教え込んだのは、目の前のこの男で。自身の羞恥を全て、この恋人が握っているのだと考えれば、馬鹿馬鹿しくも下腹部が疼いた。
脈打つ裏筋を優しくなぞって、先端から喉の奥までぐうっと咥える。黒く柔らかな茂みに鼻先を押しつければ、雄の匂いに頭がくらくらして、思考が停止しそうになる。途端、暗くなった世界に強引なほどに丸められた身体。下着の中に潜り込んできた指には、自身の唾液と温かなローション。窒息しそうなほどの満腹感に加え、与えられる後ろへの刺激。ゆっくりと押しつけられる指先に合わせるように穴を収縮させれば、何度も皺を撫でられて。中にほしいと強請り相手の竿を幼児の如く拙く吸えば、それに満足したのか、ゆっくりと奥へと進む温かな指。良い所を知り尽くした指先は、ふわふわと甘い刺激で脳を溶かして、もうすでに思考のおかしな口元は、はむはむと性器を甘噛みすることしかできなくて。我慢できないと自ら下着を脱げば、押さえられた後頭部に相手の先端が喉奥をついて、嗚咽感に涙が零れる。霞んだ視線を向ければ、行為とは裏腹に甘ったるい瞳が降ってきて。嗚呼、これは満足させるまで終わらないな、と鼻から熱い息が溢れた。
指の刺さったままの下半身を揺らして、相手のずっしりとした睾丸を揉めば、喉を締めて精を求める。長い口付けに、焦れったい愛撫、疑似的な交尾はすでに恋しい相手を求める心には重すぎて。羞恥心など溶けてふやけて消えていた。泣きながら頬を膨らませ、恋人を求める様は、なんと浅ましく愚かなんだろう。良い所を知っているはずの爪先が意地悪にそこを外して擦る感覚に、口端から飲みきれなかった唾液が漏れる。むくむくと膨らんだ恋人に、慈悲をこうて媚びながら甘い声を上げる。今だけは、きっと、この部屋は世界から孤立した場所なのだと信じて。窓の外、光る酒場の看板に瞳を閉じた。
ようやく解放された呼吸にぐったりとした身体をベッドに運ばれれば、顔をシーツに沈めて、いつものように両手で開いた自身の欲しい場所を示す。そうしなければ、また、地獄のような甘いお預けが待っているのを知っていて。すでに馬鹿になった口からは、何を欲しているのか涎が止まらなくて、シーツに染みを作ってひんやりとさせる。
ゆっくりと進められる相手の熱にふうふうと息を吐けば、前立腺を押しつぶすように勢いよく最奥を突き上げられる。押さえきれなくなった甘ったるい声が次々と溢れれば、薄い壁の向こう酒屋で酔いつぶれた仲間達にみっともない喘ぎを聞かれている気がして。首を激しく横に振るも、押さえ込まれた腰は逃げられなくて、締め付けた性器に自ら腰を揺する。
大きな愛に包まれて、熱い欲に満たされて。なのに、どこか冷たく、虚しく感じるのは何故だろう。
ぐるりと回された身体に泡立つ結合部。首筋に伸ばした腕を引き寄せて隙間なく重なった唇に、ふと考えた。

シャワーを浴びて葉巻を吸えば、濡れた髪に甘えるように擦り寄る恋人。背中からのハグに紫煙を漏らせば、小さな声でそっと呟く。
「次の半月の夜、その背中を見せてくれないか。」
お前の秘密は守るから、そう告げるように柔らかな視線を向ければ、触れるだけのキスにそっと自身の喉元をさす指先。
「それより、声が先ってか?」
ふざけるように漏れた笑みに、ほっと胸を撫で下ろす。嗚呼、きっと、優しいはずの声なんか聞けなくとも、背中の秘密を知らなくとも、ずっとこんな幸せな夜は永遠に続く。そう、疑うことなく瞳を細めて、唇を合わせれば、水平線の上、羊の船首をもつ海賊船に気づくことなくカーテンを閉めた。




「半月の夜に、また会おう。」









2017.10.09
これが最後と知っていながら。





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