toy box



空白のティータイム



柘榴の実を踏み潰し進めば、淡い砂糖菓子がほろりほろりと心を溶かす。


貨物列車の中、窓のない暗闇を真っ直ぐに歩けば、脇に積まれた大量の麻袋からバニラにも似た香りがして。眼鏡をあげて先頭車両を目指す。
一両一両、薄暗い車両を進めれば、煌々とランプの光が漏れる扉が目について、足元のジョイントにぱんと鞭を奮って後部車両を切り離す。
やりごたえのない仕事にどこか苛立ちながらも、鼻を掠める甘い匂いに淡い色の美しい砂糖菓子を思い浮かべれば、帰りの島で何か買って帰ろうと今にも降り出しそうな空を見上げる。
優雅ともとれる、自然な手付きで開けた扉の向こう、広々とした空間に品のない男が数人。焦点の定まらぬ視線に、乱暴な物言い。戦闘には慣れていないらしいナイフの握り方。まるで成っていなくて、子供時代の目隠し訓練以上に低レベル。
ここが最終目的地でないことを理解しながら、深く肺の空気を零せば、瞳を閉じて垂らした鞭を腰に戻した。
「マカロンか、ギモーヴ。」
そう呟いて、瞼を伏せたまま歩き続ける。舌に残るラベンダーの香りに、柔らかな感触。任務を終えたら、美味しい紅茶で休憩しよう、だなんて。
わずかに動いた空気に軽く足を止め、左右から飛びかかってきた男達の後頭部に手を掛けて勢いのままにぶつけ合わせれば、黄ばみの残るクリーム色の歯が欠け飛び散って。その2つの柔いメレンゲを床に押し沈めればぐちゃりと弾けるラズベリーソースが鮮やかで。わーわーと喚き立て前を塞ぐ大男の腕を引いて背負い投げ、そのままの流れで腰から抜いた鞭を使い、くるりと空気を混ぜる。肉がぶつかり爆ぜる音に、小さな呻き声も聞こえないふりをして。振り返ることなく進んだ先のドアノブを掴めば、ゆっくりと睫毛を揺らし瞳を開く。
「ああ、カップケーキでもいいか。」
そう呟いた言葉の真意を尋ねる相手がいるわけもなく、キィッと小さく扉が鳴いた。

噛みごたえの無いクリームばかりでは飽きるものだと振り返れば、座席に座ったまま在らぬ方向に首を傾げ涎を垂らす乗客に冷えた目線を投げ、背を向ける。足下に広がった丸々と肥えた頭部に、それに添えられたイチゴジャム。鼻先を掠める酸い匂いをかき消す、胸焼けするほど甘い薬の匂いは、どこまでも満ちていて。この機関車に乗る理性を全て溶かして、狂わせて。
石炭で熱せられたオーブンに機関手の頭を押し込めば、髪の焼ける匂いに混じって聞こえた甲高い歌が次第に止んで。ギシリと踏み出した足音が耳煩く感じて、屋根に当たる雨音が弱くなった気がした。

漸く帰れる、と首を鳴らして取り出した電伝虫を上司に繋げば、何故か機関手の尻ポケットから聞き慣れた通信音が聞こえて。
はっと見回し視界に入った木箱は、この場にあるにはどうにも不自然で。なるほど、とドンと強く蹴り倒した。

小さな呻き声と共に、箱から溢れた薄紫の髪と細い身体は見慣れたもので。あまりの間抜けさに溜息すら出なくて。
テーブルクロスを思わす深紅の布に視線を遮られ、嫌になるほど甘ったるい香りのハンカチを口に詰め込まれた頬を見下ろせば、ボタンが弾けて晒された白いはずの胸元が熟れた果実のようにふわりと色付いて、鼻から漏れた妙に艶めいた吐息に熱を感じる。
目元を隠され縛り上げられたその人は、明らかに自分がよく知る直属の上司で。大量の違法薬物を乗せた海上列車の中、両腕を縛ったこの格好で仕事をしていたとは到底思えなくて。
馬鹿な人だと呆れながら肩を掴んで、引き寄せた椅子に座らせれば、嫌々と首を横に振る脅えた様が胸を熱くして。傍にいるのが自分だと理解していない状況が、何故か楽しくて。
薬をたっぷり吸ったハンカチに、上気した頬。ボタンが引きちぎられ、広く開いた襟元から覗くマシュマロを思わす胸元。どうみても、下拵えの途中な状況に、甘ったるい薬物につけて寝かせた後に美味しくいただく予定だったのだろうと容易に想像できて。
力の入らないらしい首筋を、手袋を外した指先でツーっとなぞれば、面白いほどにビクつく腰部。くたりとしたベストでは、溢れんばかりの胸元が頼りなくて。なら、いっそ、と足下に見えたナイフを拾えば、先にすることを告げるべく、ぺたぺたと豊満な果実に刃を当てて、ざくり、衣服を切り裂いた。
くぐもった叫び声に、じわりと目隠しを濡らす涙。大袈裟なほど震える肩を意味ありげに撫でて、そのままするすると身体のラインを探るように手を這い下ろす。嫌々と懸命に振られる首を無視して、内腿を何度も撫でれば、ふうふうと鼻から漏れた荒い息が鼓動を早めて。ゆっくりそっと脚を開かせ、甘い反応を確かめる。

嗚咽を漏らし抵抗することすら諦めた、もしくは薬のせいで思考すらままならないこの馬鹿な上司の行動は、何となく想像できて。
数日前、ベッドの上でした「麻薬密売組織」の話を聞いて、自分も役に立つのだと胸を張りたかったのだろう。情報だけ手に入れて逃げるはずが、この間抜けはそれすら上手くできなかったに違いない。
「仕事ができない人は嫌いなんです。」
なんて言葉、この涙でぐちゃぐちゃな頭では覚えてすらいないだろうに。

カサついた唇にそっと指を伸ばして触れれば、優しく優しく糸を引くハンカチを取り出して。指先をそっと熱い舌に置く。興奮からか、極度の恐怖からか、どうやら体温が上がっているらしい。
苺のように赤い舌を撫でて、濡れたままの爪先で白い顎をくいっとあげる。

やっとのことで解放された乾いた口元は薄く開いて、助けでも求めるだろうかと眺めれば。ほろりと漏れた、スノーボールにも似た純白の言葉に、ふわりと瞳が開いて。桃色の口元に視線が奪われて。

「カリファ、ごめんな、さい。」

自分が傍にいることすら気付いていないだろう相手の言葉があまりにも甘ったるくて。繰り返される同じ言葉に、何故か胸が熱く疼いて。


気が狂ってしまいそうだと、ブランクのまま、甘い甘いキスをした。




鼻を満たすバニラの香りに、ラズベリーソースがとろりと溢れて。柔らかなメレンゲにイチゴジャムは艶々と赤い。焼き上がったばかりのクッキー生地も捨て難いけれど、それ以上に欲するのは、きっときっと。


「帰ったらお茶にしましょうか。長官も一緒に、」
するりと外した目隠しに、ラベンダー色の飴玉がほろほろと瞬いて。
そっと抱き上げ背中を撫でれば、乾いた唇をちろりと舐めて、聞こえないほど小さく秘かに


「いただきます。」


静かにふわり囁いた。










2018.01.18
熱湯を用意して、紅茶と甘い最高のお菓子を。







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