toy box



パレット


ふわりと香る甘ったるい匂いに、柔らかすぎるベッド。並んだテディベアのガラスの瞳に、ちらり何か光って陰った。


ぽつぽつと降り出した雨にどんよりとした空。
長期任務を終え、バサリと肩から下ろした黒いコートの中はオールブラックのスーツ姿。通い慣れたバルコニーに音も無く降り立てば、大きなガラス窓をコンコンと叩く。
温かい部屋の中、なんとなく聞こえる声は子供っぽく跳ねていて、自分に向けられるものとは違っていて。こんな風に笑うんだな、とカーテン越しに見えもしないその表情に額を硝子に当てて溜息を零した。

電伝虫の切れる音がすれば、びしょ濡れの身体を起こして最後の紫煙をぷかりと吐いて。もう一度だけ、軽く窓に触れれば、ふわりと揺れたカーテンの隙間、ちらりと見えた陶器のような頬が赤まって、慌てたようにまた引っ込んだ。
パタパタと煩いスリッパの音に、さっと開いた淡いカーテン。がちゃがちゃと不器用に開けられた鍵に、柔らかなラベンダー色の髪が心配げに揺れて。
「こんな雨の日に、なんで、」
そう、差し出されたバスタオルなど御構い無しに、強く抱き締め、冷えた頬を細い首筋に押し当てた。
ぴくりと振れた肩越しに、ちぐはぐに結ばれたバスローブと部屋の隅に落ちている数枚のタオルが視界に入って、先程の上司の行動が手に取るように理解できて。
「今夜会うとわかっていたら、見せられないような部屋着ではなくて、もう少しましな格好で待っているつもりでした?バスルームから引っ張ってきた、こんな頼りないもので隠すことなく。」
頭から掛けられたバスタオルから甘ったるい匂いがして、それだけでクラクラと脳が溶ける。任務後特有のなんとも言えぬ冷めた興奮に、この香りはあまりに過激で、それでいてどうも安らかで。
「なんで、なんてよく言えますね。アナタが会いたがったからきたのに。」
ずるりと落ちたタオルは地面に落ちて、じくじくとしみを作って、
「必要ないなら、帰ります。」
真っ白だったそれを灰色に染める。

行き場に悩みふわついていた細い腕が、そっと背中に回されて。温かな頬が雨を吸った金糸に寄せられれば、
「…待ってた、から。入って。」
消え入りそうな弱い声が耳に響いた。

約束なんてしていない。ただ、いつでもきてほしい、空いた時間があるなら傍に、なんて艶めいた唇が告げたのは真実で。
「このままだと部屋を濡らしてしまうので、これ、借りますね。」
そう囁いて足下に落ちたバスタオルを踏んで、結び目の緩いバスローブに手を掛ければ、細い指がそっと手の甲に触れて。透き通った頬が真っ赤に染まれば、
「少しだけ、待って。着替えを用意するから。」
宝石のような瞳が戸惑うように伏せられて、長い睫毛が震える。
「また待たせるつもりですか?」
少し意地悪く溜息をついて、甘い声で囁いてみる。
「楽しそうに誰かさんと話してる間、ここでずっと待ってたのに。あと、どれくらい待てばいい?」
するすると細い腰を撫でれば、相手がローブを渡したがらない理由がわかって、見えないように、にたりと笑って。
「下着姿で、いったい誰と通信を?」
びくりとした背中に、泣きそうな瞳がちらちらと揺れて、不安げに下げられた眉はあまりに形がよくて。人々を喜ばすために生まれた人形のよう。
「ただ、仕事の、話を。」
どうせ話をする相手なんて、政府関係者か親くらいしか居ないことを知っていながら、疑り深い表情を作って艶めく唇に指を滑らせて。
「隠さなくてもいいんですよ。」
何をとは言わず、細い手首を掴んで自分のネクタイに触れさせれば、自由になった指先でローブの結び目をするする解いて。
「バスローブは濡れた肌に使う物ですし、長官には必要ありませんよね?」
震えた指先が躊躇いがちにネクタイを緩めて、黒いシャツのボタンを外す。
紐を引き抜き、遠慮もなく開いた柔らかなタオル地の中、現れた美しい白肌にそれを申し訳程度に隠す桃色レースのベビードール。上品な透け感にパールのリボン飾り。きちんとデザインの揃えられた下着は、まるでこの人形のために用意された衣装のようで。
おずおずと腕を抜き、差し出されたローブを丸めて部屋の中に投げ捨てると、彫刻のような皮膚に触れてふわりと笑う。
「明るい部屋で、この格好は滑稽ですね。」
羞恥から俯き震える腰を抱き上げれば、夢の中のような淡く不安定な色彩の部屋に押し入って、天蓋付きのベッドにぼすんと軽い身体を投げた。
「その薄い布も、必要ないように思いますが。」
そっと摘んだベビードールに、部屋の中、唯一、真っ黒な自分があまりに場違いに思えて。それでいて、この異質な存在であることに何故だか満足して。
ふわふわと揺れるレース生地に、シーツに広がる波打つ髪。枕元のぬいぐるみたち全てが暗闇に生きる自分を拒絶している気がして。
ただ、その中でひとり、自分を欲する女だけがはっきりとした形で見えて。

「話し相手も、ローブも、肌を隠すレース1枚、長官には必要ないでしょう。」
ベッドの住人であるらしいテディベアを床に払えば、ぐしょりと濡れたジャケットをその上に落とす。
捉えた瞳から視線を外さず、伸ばした指先でベッドサイドのダイヤルに触れれば部屋の照明をゆったりと下げて、ギシリ、ベッドに膝を掛けた。

開けたままの窓からどんよりとした冬空が溢れて、冷たいはずなのに、なんとも胸は熱くて。

「アナタに唯一必要なのは?」

甘ったるく温かく、悪魔のように尋ねれば、僅かに空気が震えた瞬間、冷たい唇が重なって、

「カリファ。」
甘い掠れ声に、バチンと部屋が暗くなった。




それは、まるで、
夢に溢れた淡い世界が、黒に染まるかの如く。









2018.01.17
綺麗な優しい淡色に、一度混ざった黒絵の具。





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